第5話


大きな屋敷を空虚な気持ちで見つめていた。

ヴィヴィアンは〝公爵令嬢〟として教育を受けることになった。

しかし孤児院から出たばかりのヴィヴィアンはそのことに強く反発した。


お腹いっぱいに食べられることはいいが、字を習い、マナーを学び、教会で祈り、動きにくいドレスを着る。

幼い頃から当たり前のようにやっていた貴族達とは違い、ヴィヴィアンにとっては初めてのことばかりだ。


嫌がり涙するヴィヴィアンをラームシルド公爵とマイロンがサポートしてくれた。

様々な問題を起こすヴィヴィアンを見捨てることなく、ラームシルド公爵と義兄であるマイロンは根気強く接してくれたのだ。



「嫌よっ!どうしてこんなことを学ばなければならないの!?」


「いいかい、ヴィヴィアン。これから幸せに生きていく上で必要になる。残りの人生は私を救ってくれた君に恩返しがしたいんだ」


「父上の言う通りだよ。無理をさせたくはないが、僕達はヴィヴィアンが幸せになってくれたらと思っている」



ヴィヴィアンは苛立ちや抵抗感を感じていたが、二人と過ごしていると何故か父と母と過ごした温かい日々を思い出す。



「……わかった。頑張ります」


「さすが私の娘だ。ゆっくりでいい、ヴィヴィアン。前に進んで行こう」


「僕も一緒にヴィヴィアンと授業を受けるよ」


「マイロンお兄様も?」


「ああ。ヴィヴィアンには俺たちがついている」



ヴィヴィアンを正しく導いてくれたのはラームシルド公爵とマイロンだった。

二人は本当の家族のように接してくれた。

生きるためには奪わなければならない。誰も信用してはいけない。

そう思い込んでいたヴィヴィアンは、ラームシルド公爵邸で過ごすうちに人を信頼するということを改めて思い出すこととなった。


マナーを学んだヴィヴィアンはラームシルド公爵と城に赴いた。

初めての謁見にヴィヴィアンがドキドキする胸を押さえていると、死の森から動物型のアンデッドが現れたのだと騒ぎが聞こえた。

しかしアンデッドはヴィヴィアンの姿が見える前に大人しくなり逃げ出したと聞いた。


グラグラーム国王の元に行き、ラームシルド公爵は自らの病が治ったことと、アンデッドがヴィヴィアンが城に来て逃げ帰ったことを話した。



「そ、それは本当なのか……!?」


「はい、陛下。ヴィヴィアンはアンデッドを退け、私の病を治しました」


「なんと素晴らしい……!こんな奇跡があっていいのか」



国王は血走った目でブツブツと何かを呟いている。

ヴィヴィアンに送られる視線に恐怖を感じていた。

国王はヴィヴィアンの力を大いに喜び、ヴィヴィアンを歓迎した。

何より城の裏手から次々に湧き出るアンデッドの対処に疲弊した王家には喜ばしいことだったのだろう。


ヴィヴィアンが生まれる数年前に突如として現れた『アンデッド』と呼ばれる脅威。

城の裏側にある『死の森』と呼ばれる場所からはアンデッドが現れるようになって二十年になる。

一度死の森に入れば、もう国に戻ることはない。

アンデッドになってしまうのではないかと言われていたが、それすらもわからない。


今までグログラーム王国に侵入してくるアンデッド達をなんとか森に返してきた。

彼らは何をしても倒すことができないからだ。

『カエセ……カエセ』

そう言ってグログラーム王国へやってくる。対処は死の森へと返すこと。


調査が行われた結果、アンデッドは何故かヴィヴィアンを恐れて必要以上に近づいてこない。

どうにもできなかったアンデッド達をヴィヴィアンがいるだけで追い払うこともできて病を治すことも可能。

ヴィヴィアンは王家とラームシルド公爵に守られるようにして力をつけていくことになった。


ヴィヴィアンはアンデッドを追い払うために城に通うようになった。

ヴィヴィアンは国王からグログラーム王国の聖女として懸命に働くように提案されて断る理由もなく頷いた。


ヴィヴィアンの力は瞬く間に国中に広まり、次第に周囲から認められるようになる。

一生懸命身につけた立ち振る舞い、珍しい銀色の髪とエメラルドグリーンの瞳。

美しい容姿も相まって国民はヴィヴィアンを『聖女』や『女神』と呼んだ。


ヴィヴィアンはラームシルド公爵やマイロンに頼んで謝礼は孤児院や教会に寄付していた。

自分と同じ境遇にいる子供達を救いたい……その一心だった。

ラームシルド公爵もマイロンも、そんなヴィヴィアンの気持ちを受け止めて協力してくれた。


ヴィヴィアンが城を行き来することでアンデッドの被害は減り、国は平和を取り戻していく。


グログラーム国王はヴィヴィアンを『天からの贈り物』と呼び、可愛がった。

好きなものをなんでも与えろ、ヴィヴィアンのためにラームシルド公爵家を援助すると言った。


城での仕事がなければ町に降りて、困っている人達を助けて病を癒す。

そしてヴィヴィアンが十二歳の時に、その功績を讃えられてラームシルド公爵と共に登城する。

国王から呼び出しを受けて、そこで十六歳のジェラールと初めて出会うことになる。


(本物の王子様だわ……!)


ジェラールの端正な顔立ちの紳士的な振る舞いを見て、ヴィヴィアンの胸は高なっていた。

今まで見たことがないタイプの男性だったこともあるが、上品で美しいジェラールに好意を抱く。

そして国王の配慮でジェラールと二人きりで話すことになる。



「ヴィヴィアン、君の噂は聞いているよ。国のために尽くしてくれてありがとう」


「えっ……あの!はい……光栄です」


「ヴィヴィアンは可愛いね」


「……っ、ありがとうございます!」


「ははっ、元気な子だ」



ジェラールとの初めての会話は今でもよく覚えていた。

ジェラール・エット・グログラームはグログラーム王国の王太子として絶大な人気を博している。

海のようなダークブルーの髪と宝石のような美しい青色の瞳。

絵本から飛び出してきたような素敵な王子様だった。

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