第20話 サミュエルside2



「冥王様、大丈夫ですかっ!?」


「くっ……」



耳鳴りのように響いていく高い音が引いていく。

視線を向けるともう黒猫はいなくなっていた。


(今のは、なんだ……?)


サミュエルはキーンに肩を借りて立ち上がる。

今まで記憶にあるだけで、このような痛みを感じたことはない。

近づいてはいけない、そう反発するような感覚がした。



「ちょっと待って……!どこにいくの?」



黒猫を追いかけるようにして茶色のカゴを片手で持って出てきたのはヴィヴィアンだった。

ボロボロな聖女服ではなく簡易的なワンピースに着替えており、髪を二つに結っている。


ヴィヴィアンの後に続いているのは動物型のアンデッド達だった。

動物型のアンデッドは骨だらけだったり、肉がとけたりしている。



「ああ、そうだったわ。君達もすぐに楽にしてあげるからね」



ヴィヴィアンが足を止めると動物達は次々に群がっていく。

ヴィヴィアンは銀色の光を手に纏い、動物型のアンデッド達の前に翳すと光に包まれていく。

すると骨や皮だけだった体は本来の姿を取り戻していく。



「なっ……!?」


「…………」


「嘘、だろう?」



嬉しそうに羽ばたく鳥は先程までは骨だけだった。

体がドロドロに溶けていた鹿は艶やかな薄桃色の皮膚を取り戻す。

そして花畑を駆け回り、喜びに虹色の羽根を動かし美しい鳴き声が耳に届く。

銀色の光によって、アンデッド達が本来の姿を取り戻していく様をただ呆然と見ていることしかできなかった。

一匹一匹に優しく声を掛けながら手を差し伸べている姿は、まさに〝聖女〟というのに相応しい。



「はい、みんな元気になったわね!」



嬉しそうにヴィヴィアンの周りを飛び回る鳥や動物達。

アンデッドだったものを見て、サミュエルたちは呆然としていた。

動物達と戯れていたヴィヴィアンはサミュエルたちに気がついたのか、大きく目を見開いた後に嬉しそうに手を振っている。


その表情を見ていると、何も動かないはずの心が再び大きく動いたような気がした。

サミュエルは胸を押さえていたが、再びヴィヴィアンに視線を戻す。

ヴィヴィアンはこちらに駆け寄り、ペコリと小さく頭を下げる。


サミュエルはヴィヴィアンに問いかけた。



「一体、何をしていた?」



サミュエルがそう問いかけるとヴィヴィアンはあっけらかんと笑いながら答えた。



「アンデッドたちを元気にしていました!」


「元気に?どういうことだ」


「まず泥に飲み込まれそうになったら、ヘドロさんに助けてもらって……元気にしようと祈っていたら、花畑が現れたんですっ!」


「……?」


「えっと、つまり……」



サミュエルはヴィヴィアンの拙い説明に眉を顰めた。

その後もヴィヴィアンは必死に説明を続けるが、キーンもアーロも理解できないのか伝わる様子はない。



「わたしにも何が何だか……ですが、ここが花畑になってからわたしがこの子達に触れたらこのようになったんです!」


「……」


「でも動物達も嬉しそうだったので……」



ヴィヴィアンは嬉しそうに呟いた。

優しい笑みを見てサミュエルの胸は騒めいていた。



「……何故」


「わたしにもよくわからないんですけど、人を治療する時みたいに力を使うとアンデッド達が元の姿に戻るんですよ」


「元の姿、だと?」



サミュエルは大きく目を見開いた。

そのまま何も言わないサミュエルの様子を見ていたヴィヴィアンだったが、キョロキョロと辺りを見回して何かを探している素振りを見せる。



「どうした?」


「あの、サミュエル様達は黒い猫を見ませんでしたか?金色の鎖と錠前をつけた綺麗な猫です」


「黒い猫……?先ほど目の前を通っていったが」


「やっぱり!ここに一緒に住んでいる黒猫なんですよ。いつもならご飯の時間なのに、急にどこかへ行ってしまったんです」



先程、サミュエルの頭痛を引き起こした黒猫はヴィヴィアンと共にいたらしい。

ヴィヴィアンは「どこに行ったのかしら」と言って黒猫を探しているようだ。

最後に見た時は潤んで泣いてばかりいたヴィヴィアンは別人のようだ。

エメラルドグリーンの瞳はキラキラと輝いて見えた。

頬の腫れも引いている。

サミュエルはそんなヴィヴィアンに魅入られるようにして動けなくなった。



「あの、サミュエル様」


「どうした?」


「わたし、ここに住まわせてもらってもいいですか?」


「え……!」


「迷惑をかけないようにしますから、この森で暮らさせてください!」



ヴィヴィアンは深々と頭を下げている。

泣き叫んでいたヴィヴィアンだったが、森を一人で彷徨いこの場所を見つけて住んでいるとは思わなかった。

このあり得ない状況に驚きが勝る。

キーンとアーロも言葉が出てこないほどだった。



「…………」


「サミュエル様?」


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