第21話 サミュエルside3


ヴィヴィアンは覗き込むようにこちらを見ている。

サミュエルの心臓は飛び出してしまうほどに音を立てていた。

彼女の手を取りたい。

優しくしたいと思う自分がいるけれど、その反面で今すぐに離れなければ、遠ざけなければと警鐘を鳴らす。

二つの思いがせめぎ合ってぐちゃぐちゃに気持ちを掻き乱していた。


(……なんだこの気持ちは)


体が思うように動かなくなり、足から力が抜けそうになるのを信じられない気持ちでいた。



「大丈夫ですか!?」



ヴィヴィアンから伸ばされる小さな手がサミュエルの腕に触れる。

大きく脈打つ心臓に息が詰まる。



──ジュワアアアァッ!



ヴィヴィアンが触れている腕の部分から黒い煙が抜けていく。

不思議と痛みはないが、それを見てサミュエルは呆然としていた。

それには彼女も驚いたのか「キャアアアアァァッ!」と絶叫しながらすぐに手を離す。



「貴様ッ、どういうことだ!?冥王様に何をした!?」


「こ、これは違うんです!普通に触っただけですからっ!」


「キーン、ヴィヴィアンは触れただけだ。手を下ろせ」


「で、ですが……!」


「前はサミュエル様に普通に触れられたのにどうして!?」



ヴィヴィアンは自分の両手を見て狼狽えている。

たしかにここに来たばかりの時にヴィヴィアンを抱えて城まで運んだのはサミュエルだった。

その時、黒い煙も出ることなくヴィヴィアンに対する違和感も感じていなかった。



「とりあえず冥王様から離れろ!このっ」



キーンがヴィヴィアンをサミュエルから引き剥がそうと彼女の手首を掴むと、先ほどと同じ音と共にそこから黒い煙が立ち上る。

キーンは慌てて手を離すものの、サミュエルと同じように痛みがないことが不思議なのか自分の手のひらとヴィヴィアンを交互に見つめて眉根を寄せた。



「い、今……何が?」


「うげぇ、なんだか痛そうじゃん?」


「いや、痛みはない」


「そうなんだ。じゃあヴィヴィアンちゃん、何やったの?」


「わたしは何も……」


「じゃあさ、僕とも握手してみてよ」


「え!?」



アーロはそう言うとヴィヴィアンの胸元にあった手をとる。

三回目のジュワという音と共に煙が上がっていくのをキーンとアーロは冷静に観察している。



「……うーむ」


「ア、アーロさん!?大丈夫なんですか?」


「うん。全然平気」



ヴィヴィアンはなんとか手を振り払おうとするが、アーロは反対側の手を顎に当てたまま動かない。

その間も黒い煙は上り続けている。



「アーロ、何かわかったのか?」


「いや、まだだよ。おーい、君……ちょっとこっちに来てくれ」



アーロが呼んだのは一匹のアンデッドだった。

蝙蝠のような刺々しい羽があるアンデッドはアーロの肩に止まる。



「ヴィヴィアンちゃんに触れてみて?」



アーロがそう言うとアンデッドはヴィヴィアンの肩に止まる。

そこから自分達のように黒い煙が飛び出ることはない。

アーロは他のアンデッド達にもヴィヴィアンに触れるように言い、そしてヴィヴィアンからも触れるように指示を出すが何も変わらない。

しかしヴィヴィアンの白銀の光に触れた途端、元の鳥の姿に戻り、嬉しそうに空を飛んでいく。



「冥王様、ヴィヴィアンちゃんのこの力は別に害があるわけではないようですよ」


「…………そうか」


「なっ!そんなわけないだろう!?」


「この煙も派手なだけで体に異常はないみたいだ。何だか体が軽くなったような気がするし、むしろいい効果なのかもよ?」



そう言ってアーロはあっけらかんとして笑った。

キーンが「冥王様に何かあったらどうするんだ!」と言って怒りを露わにしている。

キーンは口うるさいがアーロを心配しているようだ。


どうやらアーロはヴィヴィアンの言っていることが嘘か本当なのかを確かめていたようだ。

サミュエルもヴィヴィアンが触れた場所を再び見た。

派手な音の割に何の変化もない。


ヴィヴィアンは瞳を右往左往させて困惑していようだ。

サミュエルは再びヴィヴィアンの手を取り膝をつく。

こんなことをしたことないはずなのに、こうしたいと思う不思議な感覚だった。


ジューと何かが蒸発するような音を聞こえるがサミュエルは気にすることなくヴィヴィアンを見上げていた。

後ろでキーンが「ギャアアアッ!」と悲鳴を上げている。



「疑ってすまなかった」


「い、いえ……」



頬を赤く染めて首をゆっくりと横に振るヴィヴィアンのエメラルドグリーンの瞳が真っ直ぐにサミュエルを見つめていた。

こうして心を揺さぶられるのは久しぶりだった。

何かが変わっていく。

そんな漠然とした何かを感じ取っていた。


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