二章
第19話 サミュエルside1
一週間後───。
「ヴィヴィアンちゃん……大丈夫かな。森の中を探してもいないし、一体どこにいったんだろう」
「…………」
「今頃、泣いているんじゃないかなぁ。あ、迷子になってたりして」
アーロがひび割れた窓の外を眺めながら口を開く。
「黙れ、アーロ。冥王様の気を揉ませるようなことを言うな」
キーンが眉根を寄せながら苛立った様子で答えた。
ヴィヴィアンが自分と同じように死の森に捨てられたマイケルとモネを捜しに行ったものの、サミュエルはソワソワした気持ちで毎日を送っていた。
アンデッドとはいえ見知らぬ土地で、あんな状態で一人にするべきではなかったと後悔ばかりが込み上げる。
(アーロの言う通り、一人で泣いているのではないだろうか)
美しい銀色の長い髪は乱れてエメラルドを思い起こす宝石のような瞳は涙で潤んでいた。
病的までに白い肌はアンデッドだからか……。
しかし服は破れて血が滲んでいた。頬には何かに刺されて腫れた跡もあった。
何故か彼女が気になって仕方ない。こんなこと今までなかったのに。
「アンデッドが森に放り出されたところで何も問題ないだろう?」
「キーンは冷たいよなぁ……オレには裏切られて悲しむ普通の女の子に見えたけどな」
「だっ、だから私もたまーーーに探してやっているではないかっ!」
「ヴィヴィアンちゃん、どこに行っちゃったんだろう。森の中をくまなく探しているのに見つからないなんて」
「…………」
「冥王様を不安にさせるなっ!この馬鹿者がっ」
「いてッ」
キーンがアーロの頭を殴る。
今まで見てきた中で意思が残せるアンデッドは本当に一握りだけ。
余程強い後悔や悲しみ、そして大きな力を持っていたのだろう。
ヴィヴィアンが泣き叫ぶ様子を見て、大きく心が揺さぶられたのは確かだ。
何の記憶を持たない空っぽの自分に光が差し込んだようだった。
そしてキーンとアーロの二人もそう感じているのだろう。
この大きな変化を逃してはならないと……。
こんな感情の動きは久しぶりだった。
「あの女はマイケルとモネを探していると言っていたから、動き回っているから見つからないのではないか?」
「ほら、なんだかんだ言ってキーンはヴィヴィアンちゃんが心配なんだよ。オレ、もう一回様子見に行ってこようかな」
「このっ!早く探しに行ってこい」
「はいはーい」
「アーロ、端から端まで探せよ!」
「わかっているってば!」
キーンがアーロのシャツの襟元を掴んで激しく揺さぶっている。
その姿を見て、サミュエルは立ち上がった。
「……俺が行こう」
「え……!?」
「一緒に森を回る」
「いけませんっ!冥王様はここにっ……」
「なら、オレも冥王様に付いて行こうーっと」
「~~っ!待てっ、私も冥王様の護衛としてついていく!」
サミュエルは二人の言葉に頷いた後に、屋敷の割れた窓から森へと飛び降りる。
フワリと地面に着地すると、屋敷にいた時にはわからない明確な違いが見えてくる。
キーンとアーロも異変を感じているのか、一点を見つめたまま動かない。
最近は問題が起こらずに静かだった森の中に違和感を感じつつも異変に気づかなかったのはヴィヴィアンのことが気になっていたからかもしれない。
もしヴィヴィアンとが関わっているのだとしたら……。
嫌な予感が頭を過ぎる。
「……行くぞ」
「はい!」
すぐにその場所へと走っていくが何故か辿り着けない不思議な感覚がした。
真っ黒な木々や地面が飲み込まれそうな黒い泥で覆われている。
抜けられない迷路を進んでいるようだと思った。
サミュエルが道を間違えて、森を迷うなどありえない。
(ヴィヴィアン、どこだ?どこにいる?)
小さな光を辿っていくような感覚だった。
次第に明らかにいつもとは違う違和感を肌で感じていた。
暗い森を抜けて足を進めていくと……。
「こ、れは……?」
サミュエルは目の前には黒い泥ではなく、この場所にあるはずのない花畑が広がっていた。
白い花が一面に咲き乱れている場所を見て呆然としていた。
しかし白銀の光と共に記憶が少しだけ蘇る。
(俺は……この光景を知っている?)
見覚えのある少女が目の前を横切って消えてしまう。
激しい痛みにサミュエルは頭を押さえた。
「な、なんだよこれ……!」
「花?死の森と呼ばれるこの場所で何故植物が……」
キーンもアーロも相当、衝撃を受けているのか固まっていて動かない。
強い風が吹いてブワリと白い花びらが舞った。
花畑の奥に今にも壊れてしまいそうな小さな建物がある。
焦茶色の木でできたこじんまりとした小屋の中から何かを咥えた黒猫が飛び出してきた瞬間、サミュエルの頭が割れそうなほどに痛んだ。
サミュエルが膝をついて頭を押さえるのを見てキーンがハッとして慌てて体を支える。
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