第49話 ジェラールside7



ベルナデットはなんとか棺までたどり着くが、ここまで荒い呼吸が聞こえてくる。

ベルナデットは腰を折り、ヴィヴィアンの棺に花を添えようとした時だった。



「……キャッ!?」



ジェラールはベルナデットの反応によくないものを感じた。

無意識に手を伸ばして彼女を引き留めようとした瞬間だった。



「──キャアアアァアァッ!」



ベルナデットのけたたましい悲鳴がここまで聞こえてくる。

それには周囲にいる人たちもスタンレー公爵も驚愕して動けないでいた。

ジェラールと同じように尻餅をついたベルナデットはズリズリと後ろに後退していき、大きく震えている右手で棺桶を指さした。

ベルナデットのバイオレットの瞳には涙が浮かんでいる。



「い、っ……今、ヴィヴィアンが動い……ッ!」


「ベルナデット、しっかりしろ!」



スタンレー公爵がベルナデットに寄り添う。

神官は呆然とした後にヴィヴィアンの棺を恐る恐る覗き込んで首を傾げる。

そして不思議そうな表情でベルナデットを見ていた。



「嘘よ……死んでるはずなのに、おかしいわ!わたくしがっ、わたくし達が確かにっ……」



ベルナデットの口をスタンレー公爵が慌てて塞ぐ。

今、間違いなく『自分達が確かに殺したのに』と言おうとしたのではないか。

神官は眉を顰めて困惑している。



「ベルナデットッ!落ち着きないっ」


「今、目が開いて……!わたくしに〝嘘つき〟って言ったの!口が動いたのっ!ヴィヴィアンはっ……んぐっ!?」



スタンレー公爵は「悲しい気持ちは理解できるが落ち着け」と必死に演技している。

ジェラールも立ち上がり慌ててベルナデットの元に向かう。

もちろん彼女を心配しているからではない。

彼女がこれ以上、余計なことを言わないように口を塞ぐためだ。


ベルナデットのそばに行っても彼女は「嘘……こわい、やだぁ」と言って取り乱している。

こちらの声は聞こえていないようだ。

ジェラールはゴクリと唾を飲み込んだ後にヴィヴィアンが眠っている棺に視線を送る。

やはりヴィヴィアンは目を閉じたままだ。

ジェラールはホッと息を吐き出した。


(ヴィヴィアンが生きているはずがない……気のせいだろう!?)


スタンレー公爵も苛立ちながら「そんなわけないだろう」とベルナデットに強く言っている。



「でも、わたくし見たのよ!ヴィヴィアンは、やっぱり生きているのっ!」


「……っ」


「ジェラール殿下、助けて……ッ、わたくし達は呪われているのだわ」


「お、おい!ベルナデット、このような場で取り乱すのはよくないぞ」



騒めく教会内でベルナデットとジェラールに視線が集まっている。


(このままだとよくない!ベルナデットにヴィヴィアンが死んでいると改めて言わなければ……)


そして異様なほどに静まり返った会場に気づいて顔を上げる。

目を見張ったまま時が止まったかのように一歩も動かない。

スタンレー公爵もベルナデットも、国王も王妃も大臣達もだ。



──ツンツン



後ろから服を引かれる感覚にジェラールは息を飲んだ。

そしてこの仕草には覚えがある。

ヴィヴィアンはよくジェラールの服の裾を持って気を引くためにアピールしていた。


ジェラールは息を止めて動けずにいる。

まさかヴィヴィアンが……そんな考えを振り払うように微かに首を横に振る。


何に服を引かれているのか……棺桶に裾が引っかかってしまったに違いない。

ジェラールはそう言い聞かせていた。



「な、なぁ……どうしたんだ?」



ジェラールがそう言って問いかけようとジェラールの足元にヴィヴィアンの棺に入っていたはずの花がハラリと落ちているではないか。

一本や二本などではない。

まるでヴィヴィアンが棺桶から起き上がったような……。



「ぁ……っ、あ、っ……ぃやぁ」



ベルナデットは声も出ないのか喉の奥から絞り出すような音が漏れる。

その表情を見ながらジェラールは唇をピクリと動かした。


(嘘、だろう……?まさか)


ジェラールは何に服を引かれているのかゆっくりと振り返る。

異様なほどに青白い肌、腕が伸びて明らかに自分の服を掴んでいる。

爪も白くまるで人形のようだと思った。

指から腕へと視線を流していく。


見覚えのある銀色の髪はいつも美しく整えらていたはずの髪はボサッとして広がって見える。

青白い肌に異様なほどに塗られた真っ赤な唇が弧を描いていたのを信じられない気持ちで見つめていた。



「は、っ……はっ!」



ジェラールは呼吸が乱れてうまく酸素が吸えなかった。

恐怖に肺が押し潰されてしまう。

エメラルドグリーンの瞳に光はなく、どこか遠くを見つめている。

ヴィヴィアンと確かに目が合っている。

信じられないことに三ヶ月前に自分が殺した相手が、目の前で微笑んでいた。

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