第50話 ジェラールside8
彼女は一度も瞬きすることなく、ガラス玉のような瞳でこちらを見ている。
ジェラールは縛られたように動けなかった。
未知の恐怖に頭は支配されて今にも気絶してしまいそうだった。
ヴィヴィアンはボロボロの聖女服を着ている。
花に埋もれてわからなかったが、腹部にはベットリと血がついているではないか。
そこは間違いなくジェラールが剣で刺した場所だ。
スタンレー公爵は服装のことを何も言っていなかった。
ジェラールはラームシルド公爵達がヴィヴィアンを着替えさせていないことに安堵したが、これでは全てが明るみになってしまうと慌てた時だった。
ヴィヴィアンの真っ赤な唇が開いた。
「……ウソ、ツキィ」
ヴィヴィアンの口から漏れた言葉にジェラールはその場に崩れ落ちるようにして膝をついた。
「ゔぁ、うああぁあぁッ……!アアアアァッ!?」
叫ぶのと同時にじんわりと足元に広がりながれていく温かい液体。
ジェラールが倒れ込んだ瞬間に、会場にはけたたましい悲鳴が反響して恐怖に慄いていた。
隣ではベルナデットが自分の顔に爪を立てて、頭を振り乱しながら悲鳴を上げている。
ヴィヴィアンはベルナデットを見て笑みを深めた。
ヴィヴィアンの後ろからはどこから現れたのかマイケルとモネが血まみれで歩いてくる。
その姿はまるでアンデッドそのものだった。
「アンデッドだ!助けてくれっ!」
「──呪いだっ!」
「ギャアアアッ」
逃げ惑う貴族達の中でラームシルド公爵とマイロンだけは何事もなかったように、こちらを見つめている姿が一瞬だけ視界に映る。
皆が外に出ようとしても教会の窓も扉も開くことはない。
ジェラールは信じられない気持ちでヴィヴィアンの行動を目で追っていた。
ヴィヴィアンは棺から出ると血みどろの服でベルナデットの前に立つ。
彼女が通った道には白い花が散らばっていた。
ヴィヴィアンはベルナデットの前で立ち止まるとゆっくりと手を伸ばして包み込むように頬に添えた。
ベルナデットは震えて歯がガチガチと音を立てる。
涙と鼻水でひどい顔だった。
ヴィヴィアンがゆっくり顔を寄せてニコリと笑う。
ベルナデットの頬に爪を立てるヴィヴィアンの指がボトリと音を立てて落ちていく。
「──ヒィイイッ!」
ひんやりと冷たい手にベルナデットの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
「ベルナデット様……わたしの顔、踏みましたよねぇ?痛かったわ」
ヴィヴィアンがぐっと距離を近づけて低い声で呟く。
落ちた指を拾い上げるとベルナデットは首を横に振り、その場に額を擦り付けるように頭を下げる。
「ごめんなさいっ、ごめんなさい……!も゛う許してぇっ!ゆる、してっ」
「許さないわ……絶対に」
「ぁっ……ぁ、……ッ、いゃぁ」
怯えるベルナデットの耳元に真っ赤な唇が寄る。
『エイエンニ……ノロッテアゲル』
ヴィヴィアンが言った瞬間、ベルナデットは悲鳴を上げながら床に額に擦り付けるようにしてヴィヴィアンに頭を下げる。
「ごっ、ごめんなさいいぃぃ!ヴィヴィアンに隠してジェラール殿下と関係を持ったこと謝るわ!だから許してぇ……っ!」
ベルナデットの言葉にジェラールは息を止める。
その後もジェラールとの関係を暴露するベルナデットに言葉が出ない。
「ジェラール殿下と結婚するために邪魔だったの!だからヴィヴィアンを殺そうってジェラール殿下とお父様と計画したわ!あの時のこと、ほんとに、謝るから許してぇ!ごめんッ、なさっ……ごぇんッな、っごべん、ざいぃぃ」
泣きすぎて嗚咽するベルナデットの体は縮こまり、ガクガクと震えている。
ジェラールが止めようとしてももう遅かった。
泣きながら語られる真実にジェラールは止めることができない。
懺悔を繰り返しながら犯した罪を喋り続けるベルナデットにスタンレー公爵は我に返ったのか怒鳴り声を上げる。
(もう……言い訳すらできない)
ジェラールに向けられる信じられないという視線。
下半身がぐっしょりと濡れているせいもあるが、ジェラールは立ち上がることさえできない。
ひたひたと裸足で歩いてくるヴィヴィアンの汚れた聖女服が目の前で止まる。
ジェラールはゆっくりと顔を上げると、そこには優しい笑みを浮かべるヴィヴィアンの姿があった。
ジェラールは瞬きすらできないまま、ヴィヴィアンを見つめていた。
「まぁ……ひどい有様ですわねぇ。ジェラール殿下」
「……ヴィヴィ、アン?」
「はい。ずっとあなた達に裏切られてきたヴィヴィアンですわ」
ジェラールは小さく首を横に振ることしかできなかった。
へたりこんでいるジェラールを見下ろしながらヴィヴィアンの顔から表情が消える。
「先ほどベルナデット様が喋った通り、わたしはジェラール殿下とベルナデットに殺されました」
その言葉に嘘みたいにシンと静まり返る会場。
ヴィヴィアンはジェラールとベルナデットを鋭く睨みつけている。
体の震えが止まらずに指一本、動かせなかった。
そしてヴィヴィアンは胸元に手を当てて思いきり息を吸い込むと周囲に訴えかけるように再び言葉を続けた。
「わたしは三ヶ月前、騙し討ちのようにジェラール殿下に剣で刺されて殺されてから死の森に捨てられました。その理由はジェラール殿下とベルナデット様……愛し合う二人が結ばれるために邪魔なわたしを排除するためです」
「ひっ……!」
ビリビリと肌に伝わる緊張感にジェラールは唇はパクパクと動くが声が出てこなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます