第25話
ヴィヴィアンが前を見ると、黒い煙が出過ぎて前が見えなくなっている。
「サミュエル様、大丈夫ですか!?ご、ごめんなさいっ」
「大丈夫だ」
「ですが、わたしのせいで黒い煙が……っ」
「いや、別に痛くもない。気にしなくていい」
サミュエルは口数は少ないがとても優しい。
今まで失敗が許されない環境で生きてきたヴィヴィアンにとって、そのことが新鮮に感じた。
今思えば、ジェラールはヴィヴィアンが失敗することを嫌い、もし何かミスをすると暫くは口を聞いてもらえずに無視された。
次第に彼の顔色を窺うようになり、失敗を恐れるようになる。
それをヴィヴィアンは当たり前のように受け入れていたが、今ならばわかる。
彼は自分の心配をしていただけで、上辺だけで微塵もヴィヴィアンを気遣ってなどいなかったのだ。
(どうしてこうなる前にわからなかったんだろう……)
彼を絶対的に信頼していた自分が馬鹿らしく思えた。
その後もサミュエルはヴィヴィアンが驚かないように庇いながら進んでくれた。
あれはアンデッドとすら呼ばれないもので、負の感情が集まっているだけだそうだ。
それにこうしてエスコートしてもらっているとジェラールを思い出すが、不思議なことにあの笑顔も言葉もすべて嘘で、裏切られていた思うと悲しい気持ちになる。
そしてサミュエルは、ある一室の前で足を止める。
キーンが扉を開いて軽く頭を下げた。
とても綺麗な部屋に案内されて辺りを見回した。
ここだけは貴族の屋敷のように手入れされている。
キーンが「冥王様が暮らすお部屋だけは私が手入れしていますから」と言って勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
ここには先ほどの黒い塊は入れないそうだ。
(なるほど。綺麗な部屋にはアレは入ってこないのか)
部屋に入ってからもキーンは相変わらず顔を歪めて腕を組み、こちら睨みつけながら不満を訴えている。
「あの……本当にわたしがここにいてもいいのですか?」
「冥王様が認めたんだ。貴様がいくら気に入らない奴だとしても私は受け入れる。気に入らないとしても」
「あはは……」
ヴィヴィアンはキーンの言葉に苦笑いを浮かべた。
革張りのソファに座るように促されてヴィヴィアンはソワソワした気持ちだった。
明らかに浮いている。
一週間、小屋を綺麗にしたりモネとマイケルを探し回っていたせいか、布で簡易的に作ったワンピースもボロボロになり、髪も雑にまとめているだけ。
少し前までは自分もお城で聖女として、王太子の婚約者として過ごしていたことが嘘みたいだ。
そこにアーロがやってくる。
「今日はヴィヴィアンちゃんの歓迎パーティーだ!」と言ってにこやかに笑みを浮かべた。
ヴィヴィアンもアーロからワイングラスを受け取った。
以前とは違い、少し薄汚れた黒い瓶から葡萄色の液体が注がれる。
ホッと息を吐き出しながら甘酸っぱい液体を飲み込んだ。
ヴィヴィアンはアーロやキーンに促されるまま、この一週間の話をしていた。
「わたし、まだ人のアンデッドに会ったことがないんです」
「嘘でしょう!?あっ……でも確かにヴィヴィアンちゃんがこの森に来たくらいの頃から見ていないかも」
「確かに。こんなことは今までないな」
「この一週間はめちゃくちゃ静かだったよね?」
「そうなのですか?」
キーンとアーロは不思議そうにしている。
「それにヴィヴィアンちゃんの様子が心配で、一週間探していたけどあんなに近くの小屋に辿り着けなかったんだ」
「けど冥王様と一緒に行った時はあんなに近かったではないか!お前の探し方が悪かったのではないか?」
「オレはちゃんと探していたから!」
「ならばあんな近くにいたのに説明がつかないではないか!」
「それにオレはヴィヴィアンちゃんが探している二人も探していたんだ!」
「アーロさん、ありがとうございます」
ヴィヴィアンが嬉しくてお礼を言うとアーロはニコリと笑みを返す。
「だが結局、見つかってないではないか」
「キーン、マジで空気読めない。きらーい」
キーンのポソリと呟いた言葉をきっかけに喧嘩が始まる。
ヴィヴィアンが屋敷からかなり近い場所にいたにも関わらず、見つからなかったことで二人は言い争いをしていた。
「二人とも、今すぐ喧嘩をやめろ」
「「はい」」
サミュエルの一言で、二人はすぐに口を閉じた。
しかしヴィヴィアンも人のアンデッドに会わないことを不思議に思っていた。
(わたしが城に来る前はグログラーム城の裏からは、かなりアンデッドが入ってきていたらしいけど……)
自分に虫除けのような効果があったのかと改めて驚いていた。
アンデッドについてはヴィヴィアンも初めて触れて知ったことがたくさんあった。
(アンデッドは排除すべきもの……そう思い込んでいたけど)
冥王と呼ばれているサミュエルやその側近のアーロやキーンがこんな風に考えているなんて誰が思うのだろうか。
それに彼らに全くと言っていいほど敵意はない。
死の森に捨てられたヴィヴィアンを優しく介抱してくれた。
敵国から来たにも関わらず、だ。
それはアンデッドになったからという理由があるかもしれないが、そうではないような気がした。
勝手に敵対していると思っていたが、こちら側から見るとまた違った世界が見える。
ヴィヴィアンの中の当たり前がどんどん更新されていく。
そのことに驚きを隠せなかった。
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