第34話
グログラーム王国でヴィヴィアンが城を出入りし始めてからアンデッド達が近寄らなかったのは、ヴィヴィアンが眩しくて近づけなかったから。
そんな理由だったら辻褄が合うのではないか。
「力を使うたびに感覚が戻っているような気がするんです」
「それでアンデッドたちは逃げているのかもしれないね」
そんな結論に至る。
それからキーンとアーロはヴィヴィアンに治療を受けている時以外は森にいるようになり、ほとんど屋敷にはいない。
逃げようとするアンデッドたちの管理は思ったよりも大変のようで、アーロだけでは人手が足りなくなってしまったようだ。
この森からアンデッドたちを出さないようにしているらしい。
キーンに「私がいない間に冥王様になにかあったらただじゃおかないからな!」と言われてヴィヴィアンは何度も頷いた。
それだけ忙しいのだろうが、ふとサミュエルが何をやっているのか気になったヴィヴィアンは屋敷を掃除しながら探していく。
(そろそろ治療をしないと!今日は腹部だったかしら)
歩いていくと肖像画の枠が散らばっている部屋にサミュエルがボーっと佇んでいるのが見えた。
「サミュエル様?」
名前を呼ぶとサミュエルはゆっくりと後ろを振り向いた。
ヴィヴィアンの姿を確認すると破れて何も見えない肖像画に再び視線を戻す。
一際、真っ暗な部屋には立派な椅子と机があった。
サミュエルはそこに座るわけでもなくただ眺めている。
(何か……思い出せそうなのかしら?)
ここで暮らし始めてからサミュエルについてわかったことは、記憶がなく曖昧なこと。
何にも興味を示していないこと。
あと知っていることといえば窓ガラスを直せることくらいだろうか。
名前もヴィヴィアンに問われて思い出したらしい。
突然、この部屋だけは掃除しなくてもいいと言われていたのだが、やはりサミュエルにとって大切なものがあるのだろうか。
無口で感情がないサミュエルが気になってしまう。
サミュエルはいつも全身真っ黒な服に身を包んでいるのもあるのかもしれないが、いつだって煙に巻かれて消えてしまいそうだ。
キーンとアーロも己が何故ここにいるかわからないと言っていた。
残っているのはサミュエルの忠誠心だけ。
アンデッドたちの管理をするのも、サミュエルの心を乱さないようにするためだと言っていた。
ヴィヴィアンはそのことを不思議に思っていた。
国に戻れば、死の森について何か知ることができるかもしれない。
けれどあそこに戻って二人が結婚して幸せに暮らしているという話を聞かなければいけないのは耐えられそうになかった。
ふと、ある肖像画に目を惹かれる。
その後ろにある模様はどこかで見たことがあるような気がした。
「この肖像画はサミュエル様なのでしょうか?」
「わからない」
「思い出せないのですか?」
「ああ……だが、そうだとは思う」
サミュエルは珍しく感情を露わにする。
暫く考え込んでいると、サミュエルの金色と赤色の瞳と目が合った。
その瞬間、ヴィヴィアンの脳内にあるものが映し出される。
引き攣った顔のジェラールと涙しながら叫ぶ少女、黒い煙に覆われた死んだ初老の男性に苦しむ黒色の獅子、そして錆びついた鍵や悍ましい恐怖を感じるボロボロの南京錠が絵のように映し出された。
そして視界が真っ黒な煙に包まれた瞬間、プチリと映像が切れてしまう。
「……っ!?」
ヴィヴィアンは膝をついて頭を押さえた。
映し出されたものはどれもヴィヴィアンの記憶にはないものだ。
(あれはジェラール殿下?違うわ。グログラーム国王の若い時なのかしら……)
グログラーム国王は一瞬、誰だかわからずにジェラールに見えたが違うようだ。
それに黒い煙に覆われた初老の男性は体の水分が抜けるように一瞬で干からびてしまった。
サミュエルが驚いたように目を丸くしている。
「ヴィヴィアン、どうした?大丈夫か?」
「ごめんなさい……頭が」
「……手を」
「ありがとう、ございます」
サミュエルの手を取り立ち上がった。
まるで幻覚のようにヴィヴィアンの頭に流れ込んでくる映像は果たして何だったのか。
(これは……サミュエル様の記憶なの?)
南京錠の形には見覚えがあった。
黒猫が首につけていた金色の鎖と綺麗な南京錠を思い出す。
(あの禍々しいボロボロの南京錠って、黒猫がつけていたものに似てない?金色の鍵……わたしはどこかで金色の鍵を見たことがあるような)
ヴィヴィアンは鍵と聞いて何かを思い出せそうになり首を捻る。
(あっ、そうだわ!)
鍵のある場所を思い出してヴィヴィアンはサミュエルに言った。
「サミュエル様、わたし、今からあの小屋に行ってきます!」
「小屋に?今からかか……?」
サミュエルは窓の外を見る。
ヴィヴィアンの行動を阻むように暗闇が更に増しているような気がした。
「今、行かなければいけないような気がするんです!それに確かめたいことがあって」
「ならば、俺も行こう」
「いいんですか?」
「ああ、ヴィヴィアンが心配だ」
「……っ!」
サミュエルの何気ない言葉にヴィヴィアンの心臓がドキリと跳ねた。
ヴィヴィアンをエスコートするように再びサミュエルの手が伸びる。
ヴィヴィアンは恐る恐るサミュエルの手に触れた。
黒い煙はなくなり特に何も起こることはない。
ヴィヴィアンは大人しくサミュエルの後をついていく。
繋いでいる部分は冷たいのだが、何故か熱く感じた。
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