第37話



* * *



ヴィヴィアンの前には白い花畑が広がっている。

ボーっとしながら考えていると男性が焦ったように叫んだことで肩を揺らした。


『返せっ!』


ヴィヴィアンが振り向くと金色の髪の男性がこちらに手を伸ばす。

その姿を見て、死の森に飲み込まれそうになった時にこの夢を見たことを思い出す。


目の前にいる男性がサミュエルだと気づいてヴィヴィアンはゾッとする。

ただ必死に何かを訴えかけているサミュエルを見て、悲しみが込み上げてくる。

艶やかな黒い毛並みを持つ獅子とサミュエルが苦しんでいる。


頬には次々に涙が伝い、手を伸ばそうとするが触れることすら叶わない。

目の前では真っ白な花畑が黒く黒く染まって、サミュエルが黒い泥に飲み込まれていく。


『だめっ……いやっ!』


闇に沈んでいくサミュエルを見て、ヴィヴィアンは必死に叫んでいた。

しかし闇の中に取り込まれてしまい、静寂の中……ヴィヴィアンはその場に立ち尽くしている。

辺りを見回しても誰もいない。


しかし手のひらの中では何かが光っている。

ヴィヴィアンがそっと手を開くと鍵と南京錠が握られていたが、鍵は溶けるように消えて南京錠だけが手元に残る。

黒猫が目の前を通り過ぎた瞬間、ブチリと映像が消えてしまう。

ぐるぐると視界が歪む感覚がした。

意識が浮上していき、ヴィヴィアンは眩しい光を感じて瞼を開く。



「──ッヴィアン、ヴィヴィアン!」


「……あ、れ?」


「大丈夫か!?ヴィヴィアンッ」



誰かに抱えられていることに気づいてヴィヴィアンは首を傾げた。

曖昧な記憶を手繰り寄せるが先ほどの映像が頭から離れない。



「あれ……わたしは何を?サミュエル、様は?」



先ほどまで苦しんで闇に飲み込まれてしまったサミュエルが目の前にいることが信じられない気持ちだった。



「俺が目を覚ました後、ヴィヴィアンが倒れて……」


「──無事でよかったっ!」



ヴィヴィアンは訳もわからないままサミュエルに抱きついて、声を出して泣いていた。

サミュエルも戸惑っていたが、ヴィヴィアンを強く抱きしめ返す。



「サミュエルさまぁ……っ、どこにも、行かないでくださいっ」


「大丈夫、ここにいる」



サミュエルがヴィヴィアンに寄り添うように背を撫でている。

気持ちが落ち着いてくると心配そうにこちらを見つめるサミュエルの姿があった。

すると、あることに気づく。



「サミュエル様、その瞳の色は……?」



ヴィヴィアンはサミュエルの金色の瞳に釘付けになっていた。

それと同時に纏う雰囲気も変わったような気がした。

こうして見るとまるで別人のようだ。

いつもよりも表情が豊かで、感情がわかりやすいサミュエルは髪を掻き上げてから、再びヴィヴィアンを抱きしめる。


心配そうにしているサミュエルに抱きしめられながらヴィヴィアンは感じたことのない感情になっていた。


(どうしてこんなに涙が溢れ出しそうになるの?)


サミュエルの瞳がスッと細まったのをじっと見つめていた。

ヴィヴィアンはそっと指をサミュエルの頬に滑らせる。

大きな手が上から重なった。



「……サミュエル様」


「ヴィヴィアン……」



唇が触れる寸前だったと思う。



「───ゴッホンッ!」


「オレ達がいるんだけどなぁ」



サミュエルの後ろには心配そうにこちらを覗き込んでいるキーンとアーロの姿があった。


ヴィヴィアンはその声にバッとサミュエルから距離を取る。

心臓の鼓動がここまで聞こえてくるような気がした。

サミュエルがアーロとキーンを睨みつけながら舌打ちをしている。

キーンは必死に視線を逸らして、アーロは不満そうに唇を尖らせていた。


ヴィヴィアンはハッとして自分が気を失う前の状況を思い出してキーンとアーロに問いかける。



「もっ、森はどうなりましたか?グログラーム王国の人たちは!?」


「みんな大丈夫だよ。ヴィヴィアンちゃんの力で森に入れなくて人間たちは諦めて帰ったんだ」


「……よかったぁ」



アーロの言葉にヴィヴィアンは安心したのか体から力が抜けていく。



「ヴィヴィアンから皆を守りたいという強い力を感じた」


「そのせいで倒れちゃったんだと思う。ヴィヴィアンちゃん、力を使いすぎたんだ。無理をしすぎだよ」


「そう、だったんですね」



ヴィヴィアンはとりあえずはうまくいったようだと安心感から胸を押さえた。

それよりも今はやらなければならないことがある、そう思った。

いつも何かを訴えかけているサミュエルと黒い獅子の存在。

度々、見るあの夢にはヒントが隠れていた。



「それよりもあの黒猫は?黒猫はどこにいますか?」


「ヴィヴィアンが探していた猫のことか?」


「はい!」


「ヴィヴィアンが倒れてしまい部屋から飛び出していった」


「モネが追いかけて行ったが……」



(モネが黒猫を連れてきてくれるといいんだけど)


サミュエルがヘドロと黒猫に近づくと頭痛がする理由。

それから黒猫の首に掛かっている金色の南京錠と、ジェラールが持っていた金色の鍵。

そしてヴィヴィアンがよく見る夢の中に、答えが隠れているような気がした。

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