第38話
暫く待っているとモネが黒猫を抱えてきたが、顔が傷だらけになっている。
「ヴィヴィアン様、黒猫ちゃんを捕まえてきました!」
「モネ……!ありがとう」
ヴィヴィアンはモネから黒猫を受け取るとサミュエルの方へ。
バタバタと暴れて抵抗する黒猫に引っ掻かれながらもヴィヴィアンはサミュエルの前へ。
いつものように頭痛は起こらないのか、サミュエルは黒猫の瞳を見つめたまま動かない。
「ずっと気になっていたんです。でもさっきの夢でわかりました」
「夢……?」
「この黒猫の首にかかっている南京錠とジェラール殿下の持っていた鍵をこれはこうすれば……っ」
ヴィヴィアンは黒猫の首にかかっている南京錠と鎖に手を伸ばす。
すると黒猫は外して欲しいと願っているかのように急に大人しくなった。
ヴィヴィアンは南京錠に金色の鍵を差し込んだ。
嘘みたいにピッタリと嵌る鍵を回すと、そこから眩しいくらいの金色の光が漏れ出した。
その光は部屋いっぱいに広がっていく。
光が収まったことを確認してから、ヴィヴィアンは瞼をゆっくりと開いた。
すると目の前に信じられない光景が広がっている。
「キーンさん、アーロさんも髪と瞳の色が……」
キーンのキャラメル色の髪、アーロはオレンジ色の髪になり、瞳はサミュエルと同じ金色の瞳になっているではないか。
そんな二人は窓ガラスに映る姿を見ながら呆然としている。
「オ、オレ……思い出したっ!」
「ああ、全部思い出した」
次にサミュエルにも視線を送ると、彼の髪も闇のような黒から輝くような金色に変わっている。
それはヴィヴィアンがいつも夢で見ている男性だと今ならばハッキリとわかる。
「サミュエル様、大丈夫ですか?」
「俺は……」
「…………?」
「俺は、ベゼル帝国の皇帝だった」
「──はい!?」
サミュエルの言葉にヴィヴィアンが驚いていると、サミュエルとヴィヴィアンの足元に大きな黒い水溜りが見えた。
そこから禍々しい気配を感じて、ヴィヴィアンが手を伸ばすと……,
「ヴィヴィアン、これに触れるなっ!」
サミュエルに思いきり腕を引かれたヴィヴィアンは彼の腕の中に体を預けた。
そしてサミュエルの手のひらから真っ赤な炎が放たれて、黒い水溜りを燃やしていく。
ひどい匂いと共に汚い悲鳴が響く。
黒い水溜りが消えると、その場にボロボロの南京錠と錆びついた鍵がある。
「俺の体を支配していた禍々しいものだ。呪い、とでも言おうか」
「支配……?」
「記憶を奪い長い年月を掛けて悪しき者に仕立てようとした。二十年前……あの男がベゼル帝国から平和を奪ったんだ!」
サミュエルの話の内容がわからずに、ヴィヴィアンは首を傾げた。
(ベゼル帝国から平和を奪った……?それに死の森ができたのも二十年前よね)
南京錠と鍵からは黒い煙が上がり、そばでは芋虫のように黒い塊がのたうち回っている。
それはサミュエルの体を這っているアザに似ているような気がした。
キーンがパチンと指を弾くと、どこからか小さな瓶が現れて黒い塊はその瓶に詰め込まれてしまう。
蓋が閉まるとアーロが空中に浮いた布を操りグルグル巻きにしてしまう。
「これは呪具だ」
サミュエルが腕を前に出すと真っ黒な鎖が現れてグルグル巻きにしてしまう。
よく見るとキーンとアーロの額には青筋が浮かんでおり、こちらにまで怒りが伝わってくる。
(一体、どういうこと……?)
南京錠は鎖と共に黒猫の首についていて、それはサミュエルに呪いを与えていた。
そして何故かその鍵をグログラーム王国の王太子、ジェラールが所持していた。
何かが繋がりそうだと考えていると横に大きな影がかかる。
もう少しで何かの答えに辿り着く前に重たいものがのしかかりベッドに倒れ込む。
モネとマイケルの悲鳴と共にヴィヴィアンに覆い被さる大きな体。
ペロペロとざらついた舌で頬を舐められて驚いて手を伸ばすと触れたのは少しだけ艶やかな毛並みだった。
(あの時、夢に出てきた獅子だわ……!)
とても嬉しそうにヴィヴィアンの頬を舐めている真っ黒な獅子は『ありがとう』と、そう言っているような気がした。
そして同じく金色の瞳がヴィヴィアンを見つめているが、その目はどこか見覚えのあるものだ。
「もしかして、あなたがあの黒猫なの?」
返事をするように黒い艶々の毛並みをヴィヴィアンに擦り付けて、問いかけに答えるようにゴロゴロと喉を鳴らした。
「ロキシー!」
サミュエルが名前を呼ぶと、真っ黒な獅子は彼の元へ向かい、行儀よく座っている。
そして地面にある黒い泥に向けて右足で近づけながらヴィヴィアンを見つめている。
最初はロキシーが何を伝えいるかわからなかったが、次第にある答えに結びつく。
「ヘドロと黒猫はロキシーだったってこと!?」
『グルル!』
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