第39話
ヘドロと黒猫が同時に姿を現さなかったことを思い出す。
それに二匹はヴィヴィアンを助けようとしてくれた。
何よりロキシー自身がそう訴えかけているような気がした。
ヴィヴィアンはロキシーの立派な鬣に手を伸ばす。
見覚えのある黒い毛並みが靡いており、指を動かすと気持ちよさそうにしている。
ロキシーはあの夢で見た獅子と同じということがわかる。
「……サミュエル様、この子は?」
「俺の相棒だった。神獣という。かつてこの森には神獣で溢れかえっていた」
サミュエルの瞳は大きく揺れ動いている。
「ベゼル帝国は魔法が栄えた帝国だ……キーンやアーロは俺の側近だ」
ヴィヴィアンはキーンとアーロに視線を送る。
二人は膝をついて胸に手を当てながらサミュエルとヴィヴィアンに頭を下げている。
ヴィヴィアンはずっと思っていたことがあった。
サミュエルもキーンもアーロも大切な何かが抜け落ちているということだ。
それがこの記憶だったのではないかと思っていた。
(ロキシーは、それを伝えようとしてくれていたのかしら)
そしてヴィヴィアンが二人を引き合わせて、鍵が開いたことにより呪いが解けて記憶が戻ったようだ。
サミュエルはロキシーやヘドロに対して頭痛を起こしていたのは呪具による影響なのかもしれない。
「ヴィヴィアン様、窓を見て下さいっ」
モネの慌てふためく声に窓の景色を見るために駆け寄った。
身を乗り出すと一面の白い花畑と動物たち、そして空を飛んでいる人達がこちらに向かって手を振っているではないか。
(あの子たちがサミュエル様の言っていた聖獣?あの人達は一体……)
ヴィヴィアンの視界に映ったのは死の森とは真逆の天国のような場所だった。
「あれがアンデッドだった元帝国民達だ」
「帝国民!?」
「ああ、呪具によって支配された俺の魔法で、あのような姿に……してしまっていた」
サミュエルの口から信じられない事実が明かされた。
森を彷徨っていたアンデッド達は皆、ベゼル帝国の帝国民だったこと。
ヴィヴィアンがそう考えていると、ふと手を握られる感覚がして振り返る。
サミュエルがヴィヴィアンの手を取り跪いているではないか。
その後ろにはキーンやアーロの姿がある。
「ヴィヴィアン……本当にありがとう」
「サミュエル様?」
「君が俺たちを救ってくれた。本当の姿を取り戻させてくれたんだ」
「わたしが、ですか!?」
「あのままだと本当の姿を取り戻せないまま、苦しんでいた。ベゼル帝国を救ってくれたのはヴィヴィアン、君だ」
二人もサミュエルの言葉に合わせるようにしてヴィヴィアンに頭を下げている。
それに合わせて周囲の人たちも話を聞いていたのかヴィヴィアンに頭を下げた。
(わたしが……みんなを救ったの?本当に?)
そのままサミュエルの形のいい唇がヴィヴィアンの手の甲へ触れる。
ヴィヴィアンは温かい唇の感触に肩を震わせた。
恥ずかしさと照れが一気に襲ってきて、動揺を隠すこともできずに口篭る。
「もしヴィヴィアンがここにきてくれなければ、我々はアンデッドとして、冥王として支配されて過ごさなければならなかっただろう」
サミュエルがヴィヴィアンをまっすぐに見つめている。
こうしてヴィヴィアンがベゼル帝国を救えたのはよかったと思った。
「グログラーム王国の王族にはそれ相応の礼をしなければならない……二十年前に姑息な手で我々を貶めた奴がいたな」
「え……?」
「今でもよく覚えている。アイツの息子は今、国王になっているだろうか」
「どういうことですかっ!?」
サミュエルの話によれば、当時のグログラーム国王の息子は体が弱く病弱だったらしい。
つまり今のグログラーム国王だ。
当時の国王も病を患い、国を憂いていた。
そしてベゼル帝国との和平を持ちかけてきたそうだ。
しかしその裏でグログラーム王国はベゼル帝国をずっと恐れて敵視していたらしい。
サミュエルはそれを変えて、いい関係を築いていけたらいいと思っていた。
魔法がないグログラーム王国から学ぶことはたくさんあると。
最初はそのつもりだったが、話し合いを続けるにつれて欲が透けて見えてくる。
グログラーム国王の真の目的はベゼル帝国との和平ではなく癒しの力を持つ『アン』という少女だった。
グログラーム国王は噂を聞き、息子の病を治すために使い結婚させることを目的としていたらしい。
しかしサミュエルはアンを利用されることに勘付いて距離を取っていた。
しかし当時のグログラーム国王は反省した様子を見せた。
『アンが我が王太子を気に入らなければ諦めるから一度だけ会わせて欲しい』と。
『一度だけ、一度だけでいい』と泣き縋る様子を見て、サミュエルとロキシー、アンはグログラーム王国へと向かった。
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