第28話
* * *
『君を愛してるよ。ヴィヴィアン』
『ヴィヴィアンと結婚できて幸せだよ。二人で国を守っていこう』
(ジェラール殿下……!よかった。今までのことは夢だったのね)
『皆から愛されているヴィヴィアンとの婚約を破棄するにはこうするしかなかった。仕方ないだろう……?』
『聞こえているわけないじゃないか。ヴィヴィアンは死んだのだから』
(そんな……ジェラール殿下がわたしを裏切るなんて)
『ヴィヴィアン、あなたはお転婆すぎるのよ。女神と呼ばれるあなたの裏の顔を見せてあげたいわ』
『大丈夫よ。あなたならできるわ!愚痴ならいつでもきくから』
(……ベルナデット、様?)
『クソ女からわたくしのものを全て取り返してやったわ!ああ長かった……この国に〝聖女〟なんていらないのよ』
『ウフフ…………さよなら。お馬鹿さん』
(こんなのって、ひどいわ……!)
───ゼンブ、コワシチャエ
目の前には知らない〝わたし〟がいた。
* * *
「──キャアアァァッ!」
ヴィヴィアンは思いきり体を起こす。
荒い息を吐き出しながら胸元を押さえる。
体は冷たいはずなのに、なぜか全身が燃えてしまいそうに熱く感じた。
(今のは、夢……?)
ヴィヴィアンは立ち上がってから窓から外を眺めた。
ずっと薄暗い森の中では朝なのか夜なのかもわからない。
引き裂かれたカーテンをゆっくりと開ける。
まだ心臓がドクドクと音を立ているような気がした。
ヴィヴィアンは深呼吸を繰り返してからグッと手のひらを握る。
涙が溢れないように唇を噛んだ。
(……もう忘れよう。あの人たちのことは)
しかしそう思うほどに次々に記憶が蘇ってくる。
ずっとヴィヴィアンは国のためにジェラールのためにと自由な時間もなく尽くし続けていた。
ジェラールの婚約者として来客の相手や貴族達の対応。
パーティーやお茶会に同伴して、街の教会を周り治療を行う。
少しでも間違えたり、嫌な顔をすれば平民だからと馬鹿にされてしまう。
そうならないために夜遅くまで勉強をしていたし、常に笑顔でいるように心がけていた。
それは全て周囲にジェラールの婚約者として認められたかったからだ。
彼だけは絶対的な味方だと思っていたのに、こんな風に裏切られていたなんて思いもしなかった。
(愛し合っているジェラール殿下とベルナデット様にとって、わたしは邪魔者だった……結婚する前に消すつもりだったのね。ジェラール殿下のために頑張っていたわたしは、さぞ滑稽だったでしょうね)
そう考えるだけでズンと体が重たくなってくる。
今まで積み上げていたものが全て無駄になってしまったと思うと悔しくて堪らない。
だけどこのままメソメソしたままではもっと悔しいではないか。
(あんな人達のために泣くことないわ。それにもうわたしは自由なんだもの!)
ヴィヴィアンは勢いよく首を振った。
どこか窮屈で苦しいままだった日々を過ごさなくていいと思うと少しだけ気が楽になる。
(こうなったら今まで我慢してきたこと全部、好きなことを好きなだけやるのよ!今までのぶんも)
フン、と鼻息荒く立ち上がったヴィヴィアンは決意する。
そして隙間風がどこかから吹く部屋の中を見渡しながら思っていた。
「まずは、新しく住む場所を整えなきゃ!」
サミュエルにも好きにしていいと言われたので、ヴィヴィアンは部屋を綺麗にしていく。
ゆくゆくはこの屋敷も端から端までピカピカに輝かせようと決意していた。
なんせヴィヴィアンのストレス発散方法は掃除や洗濯。
どこにいっても顔が知れ渡っているヴィヴィアンができること。
それが掃除や洗濯だった。
周囲からの評判が上がるのに加えて感謝されて周りも綺麗になる。
ヴィヴィアンにとって、これほどに都合の良いストレス発散方法は他に思い浮かばない。
(それに動いていた方が、あの二人のことを考えずにすむもの……)
朝か夜かはわからないが、カーテンやシーツを繕ったり、余った布で服を作って蜘蛛の巣を取り払って洗濯をする。
しかしどうしても手が出せない黒い塊や得体の知れないものはサミュエルに追い払ってもらう。
アンデッドたちは屋敷に入ってこないが、コレらは屋敷に入ってくるしヴィヴィアンに近づいてきているような気がする。
名前もない黒い塊を見ていると、なんだか寂しい気分になった。
サミュエルに聞くと人が触れれば悪影響となるが、同じアンデッドなら無害で煩いだけ。
これでもヴィヴィアンが来てから一週間で数が減ったのだというから驚きだ。
ちなみに動物のアンデッド達のようにヴィヴィアンの力を使えば、完全に消滅してしまうのだと聞いてゾッとした。
(何かわたしにできたらいいのに……)
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