第29話


地道な作業ではあるが、頭が空っぽになるしピカピカと輝く部屋を見ていると気分がいい。

やはり綺麗な場所は苦手なのか、不気味な黒い塊は戻ってくることはないようだ。


自分の部屋が終われば廊下に空き部屋を綺麗にしていくが、黒い泥や風と共に割れた窓から奴らがやってくる。

布で対応するものの風で剥がれてしまい意味がない。


ガラスやそれに変わる何かがないかと探しつつもサミュエルに相談すると……。



「ガラス?」


「ありませんよね。なので丈夫な布などがあれば是非とも……」


「コレのことか?」



サミュエルが指をパチンと鳴らすだけで、先ほどまでひび割れていた窓ガラスがピカピカの真新しいガラスになっているのを見て、ヴィヴィアンは口をアングリ空けて呆然としていた。


(サミュエル様、どうして今までやらなかったの……?)


そんな心の中の疑問は外に出ることはなかったが、綺麗になったガラスを見つめながらヴィヴィアンが考えていた時だった。


 

───ガシャアアアアンッ!



たまたまアーロがガラスを割って城に入ってきた際にサミュエルが折角作ってくれた窓ガラスを蹴破ってきた。

そんなアーロを見たヴィヴィアンは大きなショックを受けて動けずにいた。

横で溜息を吐くサミュエル。

そしてサミュエルが窓ガラスを補強しない理由やキーンの言葉の意味を瞬時に理解する。



「やっほー!ヴィヴィアンちゃん、また今日もお城を掃除してんの?」


「折角…………綺麗にしたのに」


「え……?」


「サミュエル様に窓ガラスを作ってもらって綺麗にしてもらったんですよ!?こんなことっ……ひどいっ」


「ご、ごめんて!今度から気をつけるからさ」


「……………っ」


「ヴィヴィアンちゃん!ごめんってば!反省してるからぁっ」



ヴィヴィアンが両手のひらで顔を覆いながら肩を揺らしていると、サミュエルがそっとヴィヴィアンに寄り添いアーロに黙って視線を送り続ける。

アーロはそんな姿を見てヴィヴィアンとサミュエルに謝り続けた。


それからというものアーロはヴィヴィアンを気を遣ってか、開いている窓か、大人しく扉から入ってくるようになりキーンが驚いていた。

ちなみに窓を蹴破るのに、何も意味はないらしい。


この一件から更に屋敷の中が綺麗になる。

サミュエルがいる時に限るが、キーンも無言で掃除を手伝ってくれる時がある。

しかし声を掛けたり、御礼を言うと舌打ちしてどっかに行ってしまうので無言で放っておくしかない。


それから毎日、ヴィヴィアンが小屋があった場所に行っていた。

あの日いなくなってしまった黒猫を探すためと小屋にいる動物たちと会うためだ。

ヴィヴィアンが行くと動物たちが食べられそうな木の実や果実を集めてくれている。

その代わりにヴィヴィアンは動物達を癒したり、アンデッドになった者達を元に戻していた。


(はぁ……空気が美味しい)


白い花畑はとても落ち着くし、何より体が元気になるような気がした。



「みんな、ありがとう……!」



ヴィヴィアンが御礼を言うと嬉しそうにしている。

サミュエルと共に小屋に向かうこともあったが、黒猫の姿はない。

動物達に聞いても知らないと首を振るばかり。

黒猫は小屋が崩れたあの日からどこかに行ってしまい戻ってこないことを疑問に思っていた。

キーンやアーロにも見かけたら教えてほしいと声をかけていたがなかなか見つからないまま今に至る。


(……どこに行ってしまったの?)


ヴィヴィアンが城で暮らし始めて二週間ほど経った頃だろうか。

ヴィヴィアンが自分がアンデッドになってしまったという実感がある出来事があった。


それは怪我が一瞬で治ってしまうことだ。

一番驚いたのは、ヴィヴィアンが余所見をしていた時にガラスが尖っている部分に指が当たり、驚いて手を引いた瞬間……指がスッパリ切れたことがあった。



「……きゃっ!」



反射的に患部を押さえるが、血が流れるわけでもなく痛みもない。

恐る恐る指を見てみると、そのままポトリと床に指が落ちた。

衝撃的な映像を見てしまったヴィヴィアンは……その場で気絶する。


そして自分の部屋で目が覚める。

ヴィヴィアンを助けてくれたのはサミュエルのようで、ここにきた初日のように椅子に腰掛けて、ボーッとヴィヴィアンを見つめていたのだった。



「サミュエル、様……?」


「大丈夫か?」


「はい……またわたしを運んでくださったのですか?」


「ああ、割れた窓の前で倒れていたからな」


「あ、ありがとうございます。指が取れてしまって……びっくりしたんです」



恐る恐る指を見ると、確かに床に落ちたはずの指が綺麗に元通りになっているではないか。



「指が……くっついてる!?」


「今の状態ならば、すぐに治るだろう」


「えっ!?なっ……そうなんですかっ!?」



サミュエルは口数が多くないが、ヴィヴィアンが話しかければ答えてくれる。

今も何を考えているかは全くわからないが、ヴィヴィアンのことを気にかけてくれているようだ。


そしてアンデッドは斬っても蘇り、追い返すしかないと聞いた。



「ヴィヴィアン、あまり大きな怪我はしない方がいい」


「え……?」


「他のアンデッドとは違う。そんな気がする」



怖くなりこれ以上は聞けなかったが、サミュエルの言葉に頷いた。


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