第10話


「なぜ、わたしはアンデッドに……?」


「この森の黒い泥に体が完全に飲み込まれるとアンデッドになってしまうらしい」


「そ、そんな……」


「だが、自我や記憶を保っているのはとても珍しいことだ。森を彷徨っているアンデッド達は知性も理性も残っていないからな」


「そうなのですね」



つまりヴィヴィアンのように自我を保った状態で会話できたり、記憶を持って動いているのはアンデッドの中でも珍しいということなのだろう。

ヴィヴィアンはふと目の前の男性もアンデッドなのか気になり問いかける。



「あなたもアンデッドなのですか?」


「……………さぁな」


「え?」


「己が何者なのか、忘れてしまった」



顔を伏せた男性は悲しそうにそう呟いた。

ヴィヴィアンは無意識に男性に手を伸ばす。

スッと冷たい頬に指先が触れる。

赤と金色の瞳はヴィヴィアンをじっと見つめている。


(なんだかこの人を見ていると、とても懐かしい気持ちになる。会ったことないのに。不思議な感覚だわ……)


男性もヴィヴィアンの好きなように触れさせている。

そんな時だった。



「───冥王様っ!」



そう言って部屋に飛び込むように入ってきたのはヴィヴィアンと同じように肌が青白い青年だった。

キャラメル色の髪と黒髪が半々になっている。

赤い瞳に目尻は垂れていて優しそうだ。

燕尾服を着て眼鏡をかけている上品な青年である。


(冥王様……!?今、冥王様って言ったわよね!?)


ヴィヴィアンは『冥王』と呼ばれた男性を見て目を見開いた。

ベゼル皇帝を倒して、死の森を作り上げた恐ろしい人物には思えなかったからだ。

あまりの衝撃にヴィヴィアンは口をあんぐりと開けたまま呆然としていた。



「キーンか……どうした?」


「どうしたもこうしたもありませんっ!またこんな得体の知れないものを拾ってきて……!」


「なっ……!わたしはヴィヴィアンですっ!」


「うるさい。今、冥王様と話しているんだよ。このブスッ」


「…………!?」



ヴィヴィアンは言葉を失っていた。

上品な装いとは真逆で、めちゃくちゃ口が悪い。

それに自分で言うのもなんだが『女神』と呼ばれるくらい、それなりの容姿をしていると思っていたヴィヴィアンにとって、大きなショックである。


(わたしって……アンデッドの中ではブスだったの!?)


ショックで動けないヴィヴィアンを庇うように立った冥王と呼ばれた男性の行動に救われたヴィヴィアンは御礼を言うために名前を呼んだ。



「そういうことを言うな」


「あの、冥王様……」


「冥王様を気安く呼ぶなっ!このお方はこの場を統べる高貴な王だ!このアバズレ!足りない頭でよく理解しろ」


「よせ、キーン」


「かしこまりました。冥王様」



冥王の前だけでは礼儀正しいキーンは、ヴィヴィアンに対しては辛辣である。

噂では聞いたことがある『冥王』は死の森のアンデット達を統べていて、グログラーム王国の人達を根絶やしにするために、アンデッド達を送り込んでくる悪の根源として語り継がれていた。

しかし実際に対峙してみると物静かで感情の起伏が少なく敵意を感じない。

目の前に男性が進んでグログラーム王国に危害を加えようとしているとは思えなかった。


今まで泣いていたり暴れていたりしていたため、自分の名前を明かしていないことに気づいたヴィヴィアンは改めて自己紹介をするために口を開く。



「わたしはヴィヴィアン・ラームシルドです。助けてくださり、ありがとうございます」


「いや……」


「冥王様のお名前はなんでしょうか?」


「は…………?」


「お名前、ないのですか?」



ヴィヴィアンの問いかけに冥王は目を見開いた。

言葉を待っていると額を押さえて暫く黙っていた男性はゆっくりと口を開いた。



「……サミュ、エル?」


「サミュエル様ですね!」


「…………!」



冥王様と言うのはなんだか呼びづらいので名前を問いかけてみると、何故だかキーンも驚いて目を見開いているではないか。

その後に、キーンもサミュエルと同じように頭が痛むのか額を押さえている。

ヴィヴィアンがキーンに「大丈夫ですか?」と声を掛けるが睨まれてしまった。



「キーン、今からヴィヴィアンに屋敷を案内する」


「ま、まさかっ、この女を屋敷に置くのですか!?」


「そうだ。辛い目にあったようだからな」


「冥王様は優しすぎます!それにこんな得体の知れない女をおそばにおくなどなりません!」


「だが……もしかしたらまた何か思い出せるかもしれない」


「それは、そうかもしれませんが……」


「???」



二人の会話はよくわからずにヴィヴィアンは首を傾げた。


そして二人はこのボロボロな屋敷に住んでいるらしい。

破れたカーテンや引き裂かれた絨毯。

ほこりや蜘蛛の巣だらけの壁に風が入ってくる窓。

ギシギシとなる床を踏み締めて行くたびに震えが止まらなくなる。



「あの……サミュエル様の住んでいる場所は、どうしてこんなにボロボロなのですか?」


「どうして、と言われてもな」



サミュエルがそう言った瞬間、窓からは骨しかない鳥が飛び込んできたかと思いきや、廊下には真っ黒な煙と人の顔を模ったものが屋根に張り付いている。



「ここを統べる王、なんですよね?キーン様は何故、屋敷の修理をなさらないのですか?」


「管轄外だ」


「へ……?」


「私の使命は冥王様を御守りして快適に健やかに過ごしていただくことだ!このマヌケッ」


「快適とは……?」



ヴィヴィアンはこの状況を見て首を捻っていた。

しかしサミュエルは涼しい顔である。



「それに掃除などは諦めた。あの馬鹿がいるからな」


「あの馬鹿?」


「───おーい!」



遠くから声が響いたかと思いきや、窓ガラスを割ってド派手に登場したのはキーンと同じ顔をした青年であった。

オレンジ色の髪と黒髪はキーンと同じように半々に別れている。

髪はツンツンと立っていて、赤い瞳に目元は吊っていて快活そうな印象を受ける。

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