三章

第31話


人手が増えたことで屋敷の掃除は捗っていく。

二人に言葉は話せないが意思の疎通が取れるので、また以前と同じように共に居れることに喜びを感じていた。


モネやマイケルは「アー」「ウー」や身振り手振りでヴィヴィアンに意思を伝えてくれる。

侍女として働いていたモネは手際よく動いてくれるし、マイケルは重いものを運んでくれる。


ヴィヴィアンはマイケルとモネのために破れたシーツや使い物にならないカーテンを使って可愛らしい侍女服やシャツ、ズボンを作っていた。

何故ヴィヴィアンが服作りができるかといえば、掃除や洗濯が終わってしまい、他に静かに黙々とできる服作りを思いついた。

これもまたヴィヴィアンにとってのストレス発散方法の一つである。


作った服は孤児院で配ったりしていた。

ヴィヴィアンのストレス発散にもなり、孤児院の子供達も喜ぶので一石二鳥である。

それにヴィヴィアンが孤児院にいた際、食べ物にも困っていたが服も足りていなかったことを知っているからだ。


更に二週間経つと、ボロボロにだった屋敷は次第に美しさを取り戻していく。

久しぶりに屋敷に帰ってきたアーロがあんぐりと口を開けて動けなくなるくらいだ。


それからヴィヴィアンはサミュエルの側で繕いものをしたり、キーンとアーロがいる時はサミュエルも誘ってお茶をしたりと、サミュエルとの時間は自然と増えていく。

別に迷惑そうでなければ嫌がってもいないので大丈夫だろうと思いつつも、彼の優しさに甘えて心地のよく和やかな時間を過ごしていた。


ここで暮らしていると窮屈な思いをして我慢ばかりして暮らしてきたことが馬鹿馬鹿しくなってしまうのと同時に、本当の自分を思い出していた。

真っ黒な屋敷が輝きを取り戻して綺麗になっていくとヴィヴィアンの心も大切なものを取り戻していくような気がした。

こうして思いきり笑うことも怒ることも、悲しむことも隠さなくていいと知る。


その後もサミュエルと一緒に話しながら綺麗になった城を歩いていた。

彼は時折、何かを考えながらヴィヴィアンを見つめていることがある。

サミュエルの端正な顔立ちに見つめられるとソワソワしてしまう。



「サミュエル様……どうかしましたか?」


「いや、なんでもない」


「えっと、今日はモネ達とこの辺を綺麗にしたのですよ!みんなも手伝ってくれて、もうすぐに終わりそうです」



サミュエルは興味深そうに辺りを見回している。



「綺麗だな」


「今から布や糸が落ちていないか探しにいくのですがサミュエル様も一緒にいかがですか?」


「布……?」


「はい!まだまだ服を作りたいんです」


「…………行く」


「なら、モネを呼んできますね」



サミュエルはヴィヴィアンの提案にキョトンとしていたが静かに頷いた。

ガラスは仕方ないにしても自分で得られるものは手に入れるようにしていた。

何よりサミュエルに頼ってばかりいられない。


ヴィヴィアンはモネとサミュエルを連れて森の中を散策していた。

相変わらず森の中はジメジメしているし黒い泥が地面に蔓延っていて不気味ではあるが、以前よりも嫌な感じはしなかった。

ほんの少しではあるが、森の中が明るくなったような気がしてヴィヴィアンは首を傾げた。


(この森って、こんなに開けていたかしら……)


先の見えない闇と飲み込まれそうな黒。それが死の森だったはずなのに……。

サミュエルも少し離れた場所で森を見上げている。

何をやっても絵になるサミュエルに見惚れていると、ヴィヴィアンは木の根っこに躓いて転んでしまう。


グチャリという音と共に盛大に額から足先まで真っ黒になってしまう。

ヴィヴィアンはゆっくりと起き上がるとやはり全身が泥に埋もれたため真っ黒になっていた。

自分では見えないが顔も汚れているだろう。



「アア゛ァアアァァッ!?」


「モネ、わたしは大丈夫よ?落ち着いて」


「ア゛ッ!ガッ……!」


「うふふ、やっぱりお顔まで真っ黒?あーあ、服もこんなに汚れちゃったわ」



血濡れの聖女服とボロボロのワンピースしか持っていなかったため、新しい服が欲しいと思っていたが、黒い泥でさらに汚れてしまった。

モネ達の服を作るために色々と使ってしまったため、材料を探していたのだが周囲は木ばかりで何もない。



「着替え……布もないし屋敷にあった糸も全部使い果たしてしまったわ。どうしましょう」


「ア゛ア゛ー……」


「モネのせいじゃないわ。わたしがそうしたかったのよ」



ヴィヴィアンが諦めていた時だった。

サミュエルが慌てた様子でこちらに向かってくる。

そして服が汚れるのも気にせずに、ヴィヴィアンを抱えて顔についた黒い泥を拭き取っている。



「サ、サミュエル様、汚れてしまいますよ!?」


「別にいい」


「ですが……」



両手の袖で優しく顔についた黒い泥を拭ってくれるサミュエルに驚いていた。

ただサミュエルの焦った顔を初めて見たな、なんて呑気なことを考えていると「あとは屋敷に帰ったら洗えばいい」と言われて頷いた。

サミュエルは何故か焦った様子で「屋敷に戻るぞ」と行って歩き出す。


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