第2話


聞き覚えがある声がした。だけど別人だと思いたかった。

しかし冷たく吐き捨てるように名前を呼ばれて、死を喜ばれている。

背中の痛みはどんどんと増していき、頭が真っ白になっていく。


(嘘、でしょう……?)


今まで信じていた二人の姿とはかけ離れたやり取り。

これは夢で、全てが嘘だと思いたかった。

先程まで涙を流してヴィヴィアンを想ってくれたではないか。


(ジェラール殿下とベルナデット様はこんなこと言ったりしないわ……!全部、夢よ……!これは悪い夢なんだわ)


呼吸ができなくなるような苦しさにヴィヴィアンは恐怖を感じていた。



「愛している。ベルナ」


「わたくしも。あなたをずっと愛していたわ。ジェラール」



二人の言葉はヴィヴィアンの心の柔らかい部分を容赦なく引き裂いていく。

耳に届くのは婚約者と親友がヴィヴィアンに隠れて愛を育み、裏切っていたという証拠だった。



「これで邪魔者は消えた。やっとベルナと結ばれることができる」



そう言って、ジェラールは膝を折りヴィヴィアンが死んだかどうかを確かめるように指で頭を突いている。



「えぇ、そうね。ウフフ、嬉しいわ!やっとわたくし達の長年の願いが叶ったのよ」


「計画通りヴィヴィアンをアンデッドのせいにして消すことができた。これで全てが白紙に戻るはずだ」



白紙に戻る……それはジェラールとヴィヴィアンの婚約のことだろう。



「ヴィヴィアンに病を治してもらったからと、後ろ盾になっていたラームシルド公爵も、もう死んだ頃だろう?スタンレー公爵に頼んで毒を盛ったことはバレていないはずだ……マイロンは厄介だが、今はそれどころではあるまい」


「えぇ。マイロン・ラームシルドは本当に嫌な存在よね。だけど、お父様がうまく圧力を掛けてくれるはずよ。潰れるのも時間の問題じゃないかしら」


「本当にアイツは厄介なやつだ。ラームシルド公爵も孤児院出身の子供を養女として迎え入れるなんて頭がいかれてる」


「ありえないわよ。同じ公爵令嬢だと思われたくないわ」



ジェラールとベルナデットの話の内容を理解した瞬間、ヴィヴィアンの全身にブワリと鳥肌が立った。

恐怖や絶望で頭がパニックになっていた。


(そんな……お父様を毒殺!?マイロンお兄様を潰そうとしているってどういうことなの。まさか、わたしにお父様を治療させないために……?お父様とマイロンお兄様は無事なの!?)


徐々に体がうまく動かせなくなっていくが、感覚は妙に研ぎ澄まされていた。

ただ一つだけわかったことは二人はヴィヴィアンに隠れて、愛を育み逢瀬を繰り返していたということだ。

そして二人は結ばれるために、邪魔者を消している。


(ジェラール殿下とベルナデット様は最初からわたしをっ……!?お父様やマイロンお兄様まで巻き込むなんて……!許せないっ)


ヴィヴィアンは最後の力を振り絞って薄っすらと瞼を開けた。

ヴィヴィアンが見たのは愛する婚約者と親友が愛おしそうに見つめ合いながらキスをしている姿だった。



「どう、して……?」



ヴィヴィアンは上半身を起こして血まみれの腕を伸ばす。

指先が涙でぼやけて見えた。

裏切られた悲しみか、はたまた傷のせいか……うまく酸素を吸えずに喉から引き攣った音がする。

ヴィヴィアンの手が地に落ちる瞬間、ジェラールがいつも肌身離さずにつけていたネックレスに指が引っかかる。

金色の鍵がついたネックレスがポトリと地面に落ちてヴィヴィアンの血に濡れた。



「……っ、まだ生きていたのか!?」


「信じられないッ!まるでアンデッドじゃないっ!化け物っ」



二人の言葉にヴィヴィアンの手が力なく地面に落ちて体から力が抜け、再び仰向けに倒れ込んだ。

その拍子に無意識に手のひらに触れた金色の鍵を握り込む。



「この会話を聞かれたなら生かしておけないな。絶対に」


「……そうね。その通りだわ」



ヴィヴィアンの耳に金属が擦れる音が聞こえた。

まさかと思った瞬間、腹部に鋭い痛みが走る。



「ゔっ……!」


「仕方ないことなんだ……もう戻れない」



ジェラールは吐き捨てるようにそう言った。

わずかに顔を上げると彼の手には剣の柄が握られている。

見たことがないほどに冷たい表情と弧を描きながら歪む唇。


その瞬間にヴィヴィアンは悟る。

今までヴィヴィアンが見てきた彼は全て偽りで、ヴィヴィアンのことを微塵も愛していなかったのだと。



「な、んで……あいして、るって」


「ブッ……ハハハッ!」


「フフッ!あなたが愛されている?馬鹿じゃないの!?」



ジェラールは大声で、ベルナデットは腹を抱えながら笑っている。

するとヴィヴィアンの髪を掴んだジェラールは低い声で呟いた。



「父上に気に入られていたからといって調子に乗るなよ?下民が」


「……ッ!?」


「僕がお前を愛しているわけがないだろうが。僕は昔からずっとベルナデットだけを愛しているんだ」



そう言ってジェラールが剣を握る力が強くなった。

激しい痛みにヴィヴィアンは瞼を閉じて、体には完全に力が入らなくなる。



「やっと死んだか……化け物め」



暫く経った後にガチャガチャと鎧が擦れる音と足音が聞こえてきた。

視界は真っ暗で体も動かせないのに声だけはよく聞こえた。



「ヴィヴィアン様っ!?ジェラール殿下、これは一体……!」


「何故、殿下の剣がヴィヴィアン様に?」



いつもヴィヴィアンの護衛をしている騎士のマイケルと侍女のモネだった。


ヴィヴィアンと同じで孤児院出身の彼らは、盗みを働きゴミ捨て場に倒れていたところをヴィヴィアンが拾い上げたのだ。

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