第39話
「大丈夫ぅ……? 支えてあげようかぁ……」
最初、専門学校で会ったときと同じ口調に戻るルカ。
その表情は楽しそうに笑っていた。
まるで、モルモットを見つけたハイエナのように。
「触るな!」
藤堂はルカを突き飛ばし、そのすきに這うようにしてバスルームを出た。
近くにあったバスタオルで体を拭き、それを下半身に巻きつける。
「あ、ごめんなさい。私……」
慌てる沙耶香に、栗田は優しい笑顔で「大丈夫だよ。君は男になれてないんだから」と言った。
19にもなって異性と付き合った事がないというと、普通はどこか『おかしい』という目で見られるが、栗田はそんな事はしなかった。
それ所か、『だからこそ愛しい』
というように、沙耶香の体を抱き締めた。
部屋の寒さで少し頭がハッキリして、事の異常さに身震いした。
服はどこだ!?
脱衣所には、自分の服がどこにも見当たらない。
スーツの中には警察手帳やサイフなども入っているというのに。
慌てふためく自分を深呼吸してなんとか落ち着かせると、藤堂は脱衣所のドアを開き――。
部屋の、目の前の光景に言葉を失った。
口を半分開けたまま、後ろからルカの足音が聞こえるというのに動けない。
「沙耶香……」
耳元でそうやって囁かれると、胸の奥の方から熱いものがグッとこみ上げてきて、沙耶香の瞳がうるんだ。
栗田が爽香の腰に手を回し、そのままソファへ2人して倒れ込んだ。
2人の鼓動が早くなり、部屋の電気が消される……。
微かなクラシック音楽だけが爽香の耳に届いていたが、こすれる布の音でそれもやがて掻き消された……。
「……な……んで……?」
声が震える。
ルカが、後ろからソッと藤堂を抱き締めた。
「沙耶香ちゃん……」
そう呟いた目の前には両手を背中で縛られ、口をガムテープでふさがれたまま意識のない沙耶香がいた――。
☆☆☆
『捜査本部特別室』の中で、
「戸部奈々子ねぇ……」
と、新田は眉間にシワを寄せたまま、資料に目を伏せた。
まさか、飯田昌代の事件でこんなに昔の事件をひっくり返すハメになるとは思わなかった。
10年前の戸部奈々子殺人事件は、幸也の言っていた通り犯人が未だにつかまっていなかった。
幸也から聞いた話では、その被害者と今回『携帯電話』について調べてくれている冬我が同じ施設出で、しかも同棲していたという。
☆☆☆
蒸し風呂のように暑いプレハブ小屋。
ネコはパソコンの前に座って、10年前の戸部奈々子の事件を調べていた。
一番近くに居た冬我でも知らないようなことが何かあるはずだ。
そして、それはきっと飯田昌代の殺害と通じている。
それはわかっているのだが、それが《何か》がわからない。
たしかに、にわかには信じがたい共通点になっている。
戸部奈々子は、冬我が仕事から帰ってくる前に殺害されているため、冬我の帰宅時間を知っているような顔見知りの犯行の可能性もある。
その犯人と飯田昌代殺しの犯人が同一犯だとすると、2人の被害者には接点があったと考えるのが妥当だ。
しかし、10年も昔となると飯田昌代はまだ15歳のときだ。
「15歳と18歳の共通点……」
家が近いわけでもなく、学校が同じだったわけでもない2人。
考えれば考えるほど、頭の中が混乱してくる。
「おっさん」
パソコン画面に視線を向けたまま、ネコが言った。
「なんだ?」
「戸部奈々子は携帯電話を持っってたのか?」
「携帯電話……」
冬我は呟き、視線を空中へと泳がせる。
10年も前となると携帯電話が普及を始めたか、それよりも前のことだ。
「2人は東京に住んでいた」
眉間にシワをよせっぱなしの新田へ、幸也がそう言った。
「東京は人口が多いだけで狭い。どこかで知り合っていてもおかしくはないだろう」
「確かにそうだが、決定的なモンがなにもない」
そう言い、タバコの煙を吐き出した。
部屋の中に紫色の煙が立ちこめた、その時。
ピンポンと機械音が鳴った。
「なんだ?」
と首を傾げる新田に対し、幸也が「パソコンのメールだ」と言う。
「持っていたはずだ」
冬我が答えるよりも早く、ネコが一言そう言いきった。
「あぁ? でも、奈々子が携帯電話を持ってるとこなんか見たことがねぇ。それに、そんな金もなかった」
「戸部奈々子の遺品に携帯電話は?」
「あるわけがねぇだろ」
なに言ってんだこいつは。
心の中でそう思うが、ではなぜ《幽霊の携帯電話》の名所に奈々子の魂が引き寄せられていたのか疑問はある。
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