第38話

オルフェウスが作り上げたサークルに登録したときの事だ。



 そのとき、新田は目が疲れると言って顔をそむけていた。



 画面を見ていると、メマイを起こしかけたのだ。



 けれど、藤堂は見ていた。



 画面を、ずっと見ていた。



「オルフェウスは絶対的存在だ。俺たちの神だ」



 藤堂がトロンとした瞳でそんな言葉を発した。



「刑事さんも、サークルに入ってるんだ?」



「あぁ。そうだ」



「そう……。じゃぁ、刑事さんもオルフェウスの忠実なる信者なんだね?」



「そうだ。俺は、オルフェウスの忠実なる、信者……」



 その言葉を聞くと、ルカは嬉しそうな笑みを浮かべて、藤堂を抱き締めた。



「安心したよ、刑事さん。……あんたが相当なバカだから」



 ルカは、そう呟いた……。



 沙耶香が栗田のアパートでシャワーを借りているとき、栗田の携帯電話が鳴り出した。



 黒い二つ折りの形携帯電話から、クラシック音楽が流れ出す。



 その音は心に心地よく入り込み、栗田の気持ちを落ち着かせた。



 着信画面にはよく知っている人物の名前が表示されている。



 栗田はすぐには出ずに、しばらく目をつむってクラシック音楽に耳を傾けた後、ようやく電話をとった……。



 柔らかい、水の音が聞こえてくる。



 ちゃぽん……ちゃぽん……。



 心地いいリズム。



 ちゃぽん……ちゃぽん……。



 遠くで聞こえていた水音が自分の耳元で聞こえた瞬間、藤堂はビクッと跳ね上がった。


☆☆☆


 シャワーを浴びながら、自分の体がどんどん火照っていくことに沙耶香は気付いた。

バスルームに立ち込める熱気は、湯気のせいだけではない。



 曇ったガラスを手で拭くと、ピンク色に上気した自分の顔が映る。



やだ。



なんか期待してるみたいに見えるかな……。



 そう思い、両手で頬を包み込んでみる。


「起きた?」



 目の前には、ニッコリと微笑む青年の顔。



「ここは……?」



 周りを見回すと、どうみてもここはバスルームで……わけがわからず呆然とした時、自分が全裸であることに気付いた。



 慌てて下半身を両手で多い、ヌルッとした感触に「ひゃっ!」と声を上げた。



 その様子に、青年……ルカは軽く笑い声を立てた。



 バスルームにルカの高い笑い声が響き渡る。


 山道を歩いたせいで汚れてしまった沙耶香に気付き、栗田がシャワーをかしてくれたのだ。



 栗田の借りているアパートは以外にも沙耶香の家からそんなに遠くもなく、ちょっとくらいならお邪魔してもかまわないかも。


 と、思ってしまった。



 長い間両思いだったといえど、さっき正式に付き合い始めたばかりだ。



 お邪魔するのが早すぎたかもしれない。



 色々と考えていると、本当に体が火照ってくる。



 これ以上入っていると本当にのぼせてしまうので、シャワーを止めて、バスルームを出た。


「なっなっなっ……!!」



 理解不能なこの状況に、言葉が出てこない。



「大丈夫、ただのローションだよ」



 ルカはそう言うと、藤堂のヌメヌメとした体に手を這わせた。



 落ち着いてみると、ルカも下着一枚しか着ていない。



「この格好は!?」



「あれ? それも覚えてないの? 刑事さん俺といい事したの、忘れちゃった?」



いい事……?



いい事って……。


 脱衣所には、栗田がストーブをつけていてくれて暖かい。



 細かなところまで気が付く優しさは、ありがたかった。



 服まで汚れていたので、栗田が出してくれている男物のシャツに袖を通す。



 大きくてダボッとしたシャツは、栗田の香りが染み付いていた。



 まるでワンピースを着ているような格好で出るのは恥ずかしかったが、服がないのだから仕方がない。



「やぁ、似合うね」



 照れた様子で脱衣所から出ると、栗田がそう言って笑った。


 真っ白な頭の中で、できる限りの記憶を呼び覚ます。



 ルカに部屋まで通されたこと。



 ルカは、やけに人の体をベタベタを触り周り、媚薬をかがされたように体中が――。



 そこまで思い出すと同時に、藤堂は強く頭を振った。



逃げなければ!



 咄嗟にそう思うが、まだ微かに頭の中がフワフワと浮いているような感覚で、うまく立つことが出来ない。


「このままじゃ帰れないわ」



「服は今洗濯してるから、終ったら乾燥機にかけるよ」



「何もかもやってもらっちゃって、ごめんなさい」



「いいよ。一人暮らしだから家事は慣れてる」



 そう言うと、栗田は沙耶香の髪を撫でた。



 ドライヤーで乾かしたけど、まだ少し濡れている。



 それなのに、なんだかすごく熱く感じて、沙耶香はつい、栗田の手を払いのけてしまった。

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