第16話

「本当に、そんな雰囲気だったのか?」



「そうだ。俺の存在に気付かなければキスしていたかもな」



「キス……? それはなお更おかしいだろう」



 その言葉に、ネコは幸也を見る。



「飯田昌代が殺された現場で、キスなんかするか? いくらなんでも、おかしいだろ」



「それを言い直すと、飯田紗耶香がおかしいって事だな」



 飯田紗耶香……。



 ネコと幸也は目を見交わせ、そして同時に立ち上がった。



 幸也は勢いをつけて、ネコはよっこらせ、とため息をつきつつ。



「行こう」





 突然の訪問者に、紗耶香はキョトンとして玄関先から動けずにいた。



 1人は、専門学校と霊安室で会った事のある、だけど名前は知らない長身の青年。



 もう1人は、背はそこまで高くないが、何故だか人を惹き付けられる魅力を持っている青年だった。



 きっと、2人とも同じ歳くらいだろう。



「なに……か?」



 自分でも笑えるほど、マヌケな声でそう質問した。



「昨日、こいつと会っただろう?」



 幸也がそう言って、ネコを指差しす。



 その行動に、ネコは眉を寄せて幸也の人差し指をグッと掴んだ。



『人を指差すな』ということらしい。



「覚えてないけど……」



「そんなハズないだろう? こいつはお前を見たと言ってる」



 幸也にそう言われても、思い出せないものは思い出せない。



 けれど……。



 紗耶香は、ネコの大きな目をマジマジと見つめて……何かを思い出したように、ハッと小さく息を飲んだ。



 見たことのある、目だ。



「思い出したか?」



「……昨日、お姉ちゃんの現場で……」



 その言葉に、ネコは無言で頷いた。



 その瞬間、紗耶香は大きな悲鳴と共に、



「人殺し!」



 と叫んだのだ。


 パニックに陥ったように悲鳴を繰り返す紗耶香に、幸也は唖然とする。



 一方、人殺し呼ばわりされている当人は表情一つ変えず、その様子をただ見ているだけだった。



「おい、落ち着けよ。人殺しってなんだ?」



 幸也が、紗耶香の肩を痛いほど掴み、落ち着かせようとする。



 紗耶香は小さく震えながら、


「昨日この人があの場所にいたのよ。


お姉ちゃんを殺した犯人よ!」


 と、再び叫ぶ。



ダメだこりゃ。



 幸也が手におえない、と軽く肩をすくめて、ネコを見る。



 ネコは軽くため息を吐き出し、ようやく口を開いた。



「お前は何か勘違いをしている」



 重く、人にのしかかって来るような口調に、今まで叫んでいた紗耶香の悲鳴がピタリと止まった。



 潤む瞳で、ネコを見ている。



「俺はお前のお姉さんを殺したりしない。安心しろ」



 たったそれだけの、なんの根拠もない言葉。



 しかし、それは言葉以上の何かを持っていて、まるでネコは無実だと立証されたような感覚に陥る。



 将来有望な詐欺師だ。



「……ごめんなさい」



 紗耶香はうつむき、小さな声で謝罪した。



「で、何で人殺しだと思ったんだ?」



 ようやく騒動が治まった、と同時に、幸也はそう聞いた。



 紗耶香は幸也を見上げるようにして、


「犯人は、現場に戻ってくるっていうから」


 と答えた。



 幸也はキョトンとして、「それだけ?」と聞く。



 紗耶香は再び俯き、一つ頷いた。



「本当に、ごめんなさい」



 申し訳なさそうにネコに頭を下げて、ようやく家へ上がるようにスリッパを差し出したのだった……。

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