第15話
「気味悪がった親は、俺を山の途中へ置き去りにした。
その頃偶然、おっさんは一人でフラフラと死に場所を探してたんだ」
「死に場所?」
「あぁ。
何があったか詳しい事は知らないが、自殺する気で山に入って、そこで俺を見つけたらしい」
……なるほど。
ネコが持っている、人を寄せ付けない雰囲気の理由を垣間見れた気がした。
人を寄せ付けない中からあふれ出す魅力は、この悲しい過去でネコ自身に大きな変化をもたらした結果かもしれない。
幸也は細い目を更に細くし、思いっきり口角を押し上げて笑った。
「なるほど。
ネコは、あのおじさんの生きる力になったわけだな」
幸也のその言葉に驚いたように丸い目をグッと開き、口をポカンと開けて止まってしまう。
ネコの、こんな隙を付かれたような表情、二度と拝めないかもしれない。
しかし、そんな表情はあっという間に消え、いつもの無表情が戻ってくる。
幸也だって普段から表情が乏しいのだから、人の事は決して言えないけれど、なんだかガッカリしてしまう。
「変なことを言うな」
どう返事をして良いものか迷い、結局ぶっきらぼうな言葉を吐く。
感情表現が下手な黒猫だ。
幸也は無理矢理押し上げていた口角を元に戻し、
「で、昨日のことだけど」
と、真剣な表情に切り替えた。
ネコはパソコンデスクの椅子に座り、足を組んで頷いた。
「昨日は取りあえず現場へ行ってみただけだ」
「なにかあったか?」
「それはまだわからない。
行ってみただけだと言ったろ」
相変わらず、冷たい言葉が飛んでくる。
「ただ、確かに何かいるような気配はあった」
「幽霊か?」
「だから、まだわからないと言ったろ?
警察の息子は案外バカなんだな」
ふぅ、と深くため息をつき、目を細めて幸也を見る。
その、人を小バカにしたような物言いと仕草に、幸也のコメカミがピクリと動いた。
イラつきを我慢しているのだ。
そんな幸也を尻目に、ネコはまた口を開いた。
「二人の人間を見た」
「人間……? 生霊か?」
グイッと身を乗り出して真剣に聞く幸也に、ネコは思わずふき出した。
おかしそうに、腹を抱えて大声で笑うネコ。
「なんだよ……」
意味がわからず、その様子をキョトンとして見つめる幸也。
「お前、本当に警察の息子か?
幽霊だとか生霊だとか、本当に信じてるのか?」
おかしそうに笑いながら聞いてくるネコに、幸也は口をへの字に曲げて、
「信じるもなにも、実際そういうのが見えるヤツが目の前にいるじゃないか」
と、呟く。
「それが笑えるんだよ。
『僕、幽霊が見えるんです』
って言ってるヤツをそのまま信じる。本当にバカだな」
さっきからバカ呼ばわりされ、いい加減腹の中が煮えたぎってきた。
俺はあくまでもここの客だぞ?
「人間は人間だ。普通の、足がついている人間」
自分の両足をパンパンと叩いて、『足』を強調するネコ。
と、いうことは生きた人間ってことだ。
「人間……?」
「一人は見覚えがあった」
「誰だ?」
その言葉に、ネコはパソコンの横に無造作に置かれた紙切れを一枚取り、幸也の目の前に突き出した。
これは、昨日幸也が持ってきた今回の事件の資料だ。
「これは……」
その紙を手に取り、右上に貼り付けられた写真に目をやる。
もちろん、この写真も幸也が用意したものだ。
見覚えのある、髪の長い、背の低い女。
「殺された飯田昌代のイトコ。飯田紗耶香」
「そんな事わかってる! なんで、あの場所にいたんだ? 昨日は葬式があった日だぞ。
その日の夜に、どうして現場へ?」
次々に質問を浴びせる幸也にネコは耳を塞ぎ、眉間にシワを寄せた。
「さぁな。俺を見たとたん逃げ出したんだ」
「引き止めなかったのか?」
「あぁ。
見たことのない男も一緒で、追いかけたらこっちが捕まる所だ」
「男……?」
「恋人じゃないのか? そんなムードだったけど」
幸也は右手を口元にあて、考え込む。
飯田紗耶香の彼氏……?
自分が姉のように慕っていたイトコの殺害現場に、恋人と一緒に行くだろうか?
少し花を添える程度でも、別に昨日の夜である必要はない。
現場はまだ生生しさが残っているし、自分の首を締めてどうするつもりだ?
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