第14話

「な……に?」



「死人は、星にはならない」



 黒く、吸い込まれそうな瞳をしたその青年が、紗耶香へ向けて一言、そう言った……。


☆ ☆ ☆


 どこか、遠くの山で猫が鳴いた。



 新田はその鳴き声で窓の外を見やり、それからすぐにパソコン画面に注意を戻した。



 検索、《オルフェウス》



 検索結果、《ギリシャ神話の音楽の神》



 画面に流れる文字を目で追い、最後の方の文面で眉を寄せてカーソルを止めた。



「女に体をバラバラに切断され川に流された……」



 そこにはオルフェウスの悲惨な最期が記されていた。



どうしてだ?



 画面を睨みつけるように凝視しながら、疑問が頭をもたげてくる。



なぜ残酷な運命を辿ったオルフェウスの名をわざわざ語るのか。



 調べているのはもちろん、幸也のサークルのリーダーのことだ。



 幸也はリーダーに怪しいところは何もない、と信じ込んでいるが、元々知り合いではない新田にはその先入観はなかった。



 それに……。



 飯田昌代が殺されたこのタイミングで、飯田紗耶香の通っているB・P専門学校に潜入調査を送り込んだ事が、引っかかってならない。



 ただの偶然だと言ってしまえばそれで終るかもしれないが、もし今回の事件と関係があるようならば、直ちに幸也をサークルから抜けさせる必要もあった。



 刑事の息子だとバレてしまったら、幸也の身に危険が及ぶかもしれない。



 新田はガシガシと頭をかいて、考える。



 少しでも可能性があるものは、しらみ潰しに当たってみて間違いはない。



 そこから繋がる真実の糸があるかもしれないのだ。



 しかし、どうやって?



 ネット上にしか存在しないオルフェウスに、どうやって近づく?





 どうやって――。




☆ ☆ ☆


 近所の子供たちは夏休みに入り、毎日のようにプールや海へと出かける中、幸也は日焼け防止のため長袖の上着を着て、森の中を突き進んでいた。



 その足取りは軽い。



 今はもう地図を持っていなくてもあの場所に着くことは簡単だった。



なんせ、森は一本道だ。



 最初は遠いと感じていたこの道も、普通に歩けば入り口から10分ほどの距離だった。



 大きく開けた場所に建つ、プレハブ小屋。



「ネコ、いるんだろう?」



 そこにたどり着くと、躊躇せずにそう声をかけた。



 なぜだか、あの青年に会う事を喜んでいる自分がいる。



「またお前か」


 扉を開けて開口一番の憎まれ口と、ため息で登場したのは、ネコ。



 今日はちゃんと服を着ているが、上下黒なので見ているこちらが暑苦しくなる。



「黒猫みたいだな……」



 思ったことをそのまま口にしてしまったため、ネコに睨まれてしまった。



「何の用だ?」



「現場へ行ったんだろ、昨日」



「……誰から聞いた?」



「お前の親父さんだよ。パソコンのメールで教えてもらった」



 幸也がそう言うと、ネコは大きなため息を一つついた。



『余計な事をしやがって』と、声に出さない所がどこかカッコイイ。



「親父じゃない」



 幸也を小屋へ招き入れながら、ネコは言った。



「え?」



「あんなのが親父なワケないだろう。


あのおっさんとは血が繋がっていない」



 突然のネコの言葉に、幸也は目をパチクリさせる。



 小屋の中は相変わらず蒸し暑く、そこに冬我の姿はなかった。



「俺は山に捨てられていたそうだ、まだ歩く事もできない赤ん坊の頃にな。


それを、偶然通りかかったおっさんが拾った」



 幸也に背を向けていつもの苦いコーヒーを淹れるネコが、淡々と自分の生い立ちを語り始めた。



「生まれたときからだったらしい……。


俺の、第三の目の能力は。


だけど、幼い頃はその能力を制御できなかった。


――つまり、三つめの目を隠す事ができなかったんだ」



 ベッドに腰をかける幸也へコーヒーを渡し、話を続ける。



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