第13話

 テープをくぐったその向こうには少しだけ開けた場所があり、その中央部分にドラマでしか見たことのない、人型のフィンガーペイントが残されていた。



 その現実を突きつけられた瞬間、紗耶香は軽いメマイに襲われ、その場にしゃがみこんでしまった。



 持ってきた白い花が、悲しげに風に揺れる。



 絞殺のため、辺りに血が飛び散っていなかったのは幸いだった。



 生々しい血痕などが残っていたら、メマイ所ではすまなかったかもしれない。



「お姉ちゃん……」



 しゃがみこんだままそのペイントを指でなぞり、呟く。



 式の最中では殺されたという重すぎる事実が涙を妨げていたが、今になって目の奥がジンジンと熱くなる。



 そんな紗耶香の頬に涙が流れた……その、瞬間。


 後方から草木を掻き分ける物音がして、ハッと振り返った。



「誰?」



 携帯電話で、暗闇を照らし出す。



「栗田君!?」



 暗闇に浮かび上がったその人物に、紗耶香は目を丸くする。


 そこには、昼間のスーツ姿とは違うラフな格好をした栗田が立っていたのだ。



 目の前の紗耶香に一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑みを作り、


「やっぱりここだと思った」


 と、栗田も立ち入り禁止のテープをくぐる。



「どうして?」



「どうせ親に黙って出てきたんだろ?」



 少々呆れたような口調の栗田に、紗耶香は「あ……」と呟く。



 確かに、誰にも行き先を告げずに家を飛び出してきた。



 と言う事は、栗田は紗耶香の親から何らかの連絡を受けて、ここまで探しに来たのだろう。



「お前は一応女なんだぞ? こんな夜中に一人で出歩くな」



 栗田に軽く頭を叩かれて、頬を膨らませる。



一応ってなによ、一応って。



 昔からの知り合いのため、紗耶香と栗田の関係がグッと近いように見える。



 こんなことを言うと藤堂がまた嫉妬しそうだが、二人で座っている所を見るとおにあいだ。



「死んだら星になるって、嘘だよねぇ……」



 視線を夜空に浮かぶ星へと向けて、不意に紗耶香がそんなことを言い出した。



 栗田も、それにつられた夜空を見上げる。



 満点の星空が木々の葉の間から見え隠れし、時折吹く風で葉の表面がキラキラと光って見える。



 天使でも舞い降りてきそうな、綺麗な空だった。



「死んだら、どこへも行けないよね」



 呟くように言う紗耶香に、


「そんな事ないよ」


 と、栗田が言った。



「星になるっていうの、本当だと思うよ? 僕は」



 優しいその言葉に、隣の栗田を見る。



 瞳の奥の黒目が、紗耶香の顔を映し出した。



 二人の顔が自然と近づき、目を閉じる……。



「誰だ!?」



 突然の栗田の声に驚き、紗耶香はハッと閉じた目を開けた。



「なに?」



「今、誰かいた」



 現場の更に奥を懐中電灯で照らしながら、栗田が険しい口調で言った。



 紗耶香は栗田の背中に身を隠しながら、片手で携帯電話を開ける。



 いざというとき、すぐに警察へ知らせるためだ。



「犯人は現場へ戻ってくるって言うわ」



 背中越しに爽香にそう言われて、


「わかってる」


 と、返事をする。



 しかし、ずっと暗闇を照らし出していても、何かがいる気配はない。



 ここは山の中だ。


 ちょっと大きな野生動物くらいいくらでもいる。



 紗耶香はそうである事を祈りながら、栗田の服をギュッと掴んだ……その時。



 紗耶香のすぐ横の枝が、激しく揺れた。



「キャァァッ!」



 激しく悲鳴を上げ、握っていた携帯電話をその場に落とす。



 栗田がその場所を照らし出したとき……大きな目玉が暗闇の中にフワフワと浮いていたのだ!



「だ……、だ、誰だ!?」



 声が裏返り、持っている懐中電灯が小刻みに揺れる。



 そして、その瞳の持ち主が、


「星にはならない」


 と言った。



 よくよく見ると、黒い髪に黒い服を着ているからその人物が見えなかっただけで、目玉が浮いているわけではないようだ。


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