第12話

「冷やかしじゃない。


警察はどんな可能性も見逃してはいけないからだ」



 シュボッ



 ライターの炎がタバコに火をつける。



 冬我の口から、少し紫かかった煙が丸く円を描いて吐き出された。



「で? その可能性の中にネコの能力を必要とするものがあるってのか?」



「あぁ、もちろんだ。だからここへ来た」



 ハッキリとそう言いきる幸也に、冬我とネコは目を見交わせた。



「三つ目の男の、みっつめの目の能力が必要だ。


幽霊が見えるという、その能力が――!」



☆ ☆ ☆


 その日の夕食時、新田は幸也の顔色をうかがっていた。



 目の前に並べられた豪華なおかずに、無言のまま箸を伸ばす幸也。


 ジッと一点を見つめているような目をしているのは、考え事をしている証拠だ。



「何を考えている?」



 新田の言葉に、幸也の箸が空中で止まる。



「あぁ、今回の事件のこと」



「何かわかりそうなのか?」



「まだだよ。幽霊なんて俺の分野じゃない。


だけど、戦力になりそうなヤツは見つけたよ」



 そう言いながら、ネコの顔を思い出す。



 冷たくて、透明なバリアを張っているようなネコ。



 だけどそれが逆に魅力的で、深い黒目にすべてを吸い込まれそうになる。



「捜査の方はどうなの?」



「あぁ……、まぁまぁだな」



 と、新田は言葉を濁す。



 普通、一般人に情報を垂れ流すのはご法度だ。


 幸也の場合は少し特別なのでそれも許されるのだが、怪しい人物を見事取り逃がした。


 なんて胸を張って言えることではない。



「あまりよくないみたいだね」



 幸也の言葉に答えを出さず、新田は話を切り替えた。



「ところで、サークルの方はどうなんだ? 次の指令は来たのか?」



「まだだよ。指令はいつも不定期なんだ」



「指令は一体誰が送ってくるんだ?」



「さぁね。なんせネット上の交流しかないから。


お互いに本名も明かさないし、わからないことだらけだよ」



 ヒョイと肩をすくめて言った。



 幸也が所属しているのは、ネット上のみに存在する探偵ゴッコのようなサークルだった。



 登録すればメールで指令が送られてきて、それを各自で動き謎解きをするという、リアルなゲームみたいなものだ。



「中心人物がわからないのか」



「あぁ。一応ネット上では『オルフェウス』と名乗ってる」



「オルフェウス?」



「ギリシャ神話に出てくる音楽の神だよ。


自分を『ゴット』と呼ばせないのは世界の神ではなく、あくまでネット上だけの、サークル内だけの神であるからだろうね」



「ある一部の人間にとっては、神であるわけか……」



 新田はそう呟き、眉間にシワを寄せた。



「もちろん、そんなのは自分が思っているだけの自己満足だろうけど……。


それが、どうかした?」



「いいや。顔の見えない探偵ゴッコも、ほどほどにしろよ」



 そう言い、止めていた箸を再びすすめる。



 オルフェウス。



 新田はその名前を頭の中で反復させ、刻み込んだ……。



☆ ☆ ☆


 夜の山中は気味が悪かった。



 昌代の殺された午前0時にほど近い時間。


 星が瞬くその下で、紗耶香は何かに引き寄せられるように殺害現場へと向かっていた。



 右手には白い花。



 すでに何もなくなった現場へ出向いて、一体どうする気なのか。



 昼間、火葬された後の昌代の姿を見て、気付いたのだ。



 バラバラになった骨の一つ一つが、何かを伝えたいという思いで溢れていることに。



 真暗な山道を携帯電話の明かり一つで真っ直ぐに歩いていく。



 時折聞こえる風のうなり声や木々のざわめきに身をすくめることなく、その場所だけを目指していた。


 昌代の遺体はもう火葬してしまった。


 犯人の手がかりへと直結しているものは、現場しか残ってはいない。



 そう思うと、いても立ってもいられず、家を飛び出したのだ。



 紗耶香の長い髪が木に引っかかり、そこでようやく足を止めた。



 肩で息をしながら、からまった髪を丁寧に解いていく。



 そこまで気温は高くないハズなのに、必死で歩いてきたため額にうっすらと汗が滲んでいた。



 携帯電話で辺りを照らし出していると、少し離れた場所に立ち入り禁止、の黄色いテープが見えた。



 いつの間にか、目的の場所までたどり着いていた、ということだ。



 紗耶香は生唾を飲み込み、だけどしっかりとした足取りでテープをくぐり、その現場へと向かった。


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