第11話

「本当に、すみませんでした」



 隣で深く頭を下げる新田に、藤堂も慌てて頭を下げる。



「これは間違いなく警察の不祥事です。


ケガまで負わせてしまって……」



「いえ、本当に大丈夫ですから」



 低姿勢な新田に、栗田も半笑いで首を振る。



 そして、



「でも、誰でしょうね。その男は」



 と、事件に興味を示すような素振りを見せた。



「それが解かったら、警察はいらないんですけどね」



 そう言葉をはぐらかし、新田は固い顔を始めて和らげた。



 しかし、どう見てもその笑顔は目が笑っていない。




 と、その時だった。


 部屋のドアが開き、ある人物が入ってきた。



「紗耶香ちゃん!」



 藤堂がパッと目を輝かせ、大きな体を椅子の上でワンバウンドさせる。



 椅子がギシッと悲鳴を上げて、新田はまたため息をついた。



 紗耶香は藤堂に視線をやり、


「あ、刑事さん」


 と一言。



 どうやら、名前は覚えていないらしい。



「紗耶香どうしたの、式の途中だろう?」



 栗田が、紗耶香へ向けてそう言った。



「えぇ。でも、なんかすごい悲鳴が聞こえてきたから……。


栗田君、どうかしたの?」



 腕のさすっている栗田へ、紗耶香が不安げな表情を浮かべる。



 栗田はチラリと藤堂を見てから、


「なんでもないよ」


 と、微笑んだ。



 紗耶香と栗田はどうやら元々知り合いのようだ。


 そういえば、栗田も19歳だと言っていた。



 親しげに話す場面を見せ付けられて、藤堂がわかりやすく眉を寄せて不機嫌さをムンムンとかもし出している。



 そんな藤堂の横腹をツネリ上げてから、新田は軽く咳払いをし、



「二人は知り合い?」



 と聞いた。



「はい。高校の同級生なんです。


本当なら、僕も紗耶香と同じ学校に行くつもりだったんですけど、家の事情ですぐに就職しちゃって」



「同じ学校に行くほど仲がいいんだね」



 藤堂が嫉妬すると知っていながら、わざと二人の仲を掘り下げて聞こうとする新田。



 見なくても、横で頬を命一杯ふくらませて泣きそうにしているのがよくわかる。



「そんな事ないですよ。


僕達は、偶然やりたい事が一緒だっただけで」



「へぇ、同じ趣味を持つほどの関係なんだね」



 藤堂は顔を真っ赤にしているだろう。



「パソコンくらい、今時誰でもやってますよ」



「君はパソコンの学校へ行っているのかい?」



 紗耶香へ向けてそう聞く。



 紗耶香は一つ頷き、


「はい。パソコンのB・P専門学校です。


わりと有名なところなんですよ」


 と答えた。



 その言葉に新田は一瞬目を見開き、幸也の顔を思い出した。



『今回は、B・P専門学校の潜入調査なんだ。生徒を探し出せって事なんだけど、こんなヒントじゃさっぱりだよ――』



 息子のグチを思い出し、新田は紗耶香をマジマジと見つめる。



「そうか、君はB・P専門学校の生徒か……」



 右手の人差し指をアゴに当てて、険しい表情になる。




 これは、どこかで繋がっているのかもしれないな――。



☆ ☆ ☆


 幸也は蒸し風呂以上に暑い小屋の中へ招き入れられ、ネコの出したもだえるほど苦いコーヒーに絶句した。



「苦げぇだろ」



 カッカッカと笑い声を上げ、冬我が笑う。



 このクソ暑い小屋の中には冷蔵庫と二つのベッド、それに旧型のパソコンしか目に付く大きな家具は見当たらない。



 幸也が座っているのは、ベッドの上だ。



「で、用件は?」



 ネコは苦すぎるコーヒーを表情一つ変えず一気に飲み干して、そう言った。



「実は、夜中に依頼メールを出したんだけど」



 その言葉に、冬我とネコの顔色が一瞬にして変わる。



 ネコはそのメールをまだ確認していないので、話を進めるように幸也を急かし

た。



「あぁ、実は先日殺人事件が起きたんだ」



 さっそく本題へ入れることにホッとしながら、幸也は口を開いた。

しかし、



「殺人は人間の仕業だ。警察がどうにかしてくれるだろ」



 と、すぐにネコが話を遮った。



 空になったコーヒーカップに、また真っ黒な液体を注ぎ込む。



「俺の父親は警部だ」



「じゃぁ、いいじゃないか。何のために現実主義の警察がここへ来た」



 ネコの口調は冷たく、突き放すようだった。



 元々そんな話方をしていたけれど、警察の話が出てきた途端に冷たさを増した気がする。



「坊ちゃんよ、ネコを冷やかすのはやめときな。あのメールの内容に警察沙汰だなんて書いてなかったじゃねぇか」



 冬我が、火のついていないタバコをくゆらして言う。



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