第33話
沙耶香が栗田に連れて行かれた後、幸也はため息を吐き出した。
そんな幸也を見て、ネコと冬我がニヤニヤと口元をゆるめる。
いやらしい笑いだ。
「ありゃぁ付き合ってるんじゃねぇのか?」
「飯田昌代の殺害現場で飯田沙耶香とキスをいていたのはあの男だ」
「ひょーっ! 熱々じゃねぇかっ!」
「残念だったな、彼氏もちじゃ手が出せないだろう」
なんて、わざとらしく声を張り上げて言う。
「俺には関係ない」
幸也強がりでそう言い、軽くした唇をかみ締めた――。
☆☆☆
栗田に引きずられるようにして歩いていた沙耶香は、車に乗った後もあからさまに嫌な顔をしていた。
車内は爽やかなミントの香りで、柔らかな音楽が流れている。
栗田の運転は丁寧で、ネコが冬我とは比べ物にならなかった。
しかし、そんな事では沙耶香の気持ちはおさまらない。
これらか帰って昌代と奈々子の共通点を探す予定だったのに、台無しだ。
「まだ怒ってるの?」
「別に」
「明らかに怒ってるじゃないか」
「当たり前でしょ!? 大事なところを邪魔されたんだから」
頭に血が上り、つい勘違いされそうな言葉を口走ってしまう。
案の定、栗田はチラリと冷めた視線を沙耶香に送り、無言になってしまった。
「そう言う意味じゃないわよ」
「じゃぁどういう意味だよ」
「大事なところっているのは……だから……」
言いかけて、口ごもる。
昌代の事件について調べている、なんて言ったらまた何を言われるかわからない。
ここは黙っておいた方がいいかもしれない。
「あの人たちは元々友達なのよ。
それで、ほら、ノッポの釣り目がいたじゃない?
幸也君っていうんだけど……、その幸也君の初恋の人を見に行こうってことになって、それであそこにいたのよ!」
嘘八百を並べたてながら、背中に冷や汗がつたう。
我ながらへたくそすぎて笑えてしまう。
けれど、栗田は「ふ~ん」と一言だけ言って、また口を閉じてしまった。
静かなBGMがヤケに大きく感じる。
なんていう曲かなんて知らないけれど、栗田の好きなクラシック音楽であることは間違いないようだ。
「沙耶香」
静かな中、急に名前を呼ばれて一瞬体を硬直させた。
「……なに?」
「聞きたいことがある」
そう言いながら、栗田は車を路肩に止めた。
沙耶香は怪訝そうにマユを寄せて、首を傾げる。
その時、ポツリポツリとフロントガラスに雨粒が落ちてきた。
「あ……」
ネコの言ったとおりだ。
あの三人は大丈夫だろうか?
そんな思いがよぎる。
その瞬間……。
目の前の視界が真暗になった。
その代り、耳の近くで確かな鼓動が聞こえてくる。
トクントクンと、規則正しい心音。
けれど、自分の音じゃない。
背中に回された栗田の両手。
ギュッと沙耶香を抱き締めた栗田の呼吸が、すぐ近くで聞こえてくる。
「え……?」
突然のことで理解できず、爽香は身をよじってその手から逃げ出そうとした。
しかし、栗田の手が更に強く抱き締めてくる。
「俺のこと、好き?」
「へ?」
「答えて。俺のこと、好き?」
グルグルと頭の中でその質問の答えが巡る。
だけど、その半分は真っ白で、なかなか言葉にならなかった。
「沙耶香?」
ちょっとだけ手の力を緩められて、ようやく「好きだよ」という答えが口からこぼれた。
その瞬間、自分でも信じられないくらい愛しい気持ちがこみ上げてくるのがわかった。
胸の奥の方から、ジワッとした切なさが熱を持って爽香の気持ちをくすぶる。
すると、自然と涙がこぼれた。
「好きだよ。ずっと好きだったよ」
「そっか」
「栗田君が気付かなかったんでしょ」
「ごめん、鈍感だから」
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