第32話
「おそらく、戸部奈々子を殺した犯人はまだ捕まっていない。
そして、その犯人が再び犯罪に手を染めたんだ」
「お姉ちゃんと奈々子さんを殺した人物が同じだっていうの!?」
信じられない。
という表情で、沙耶香が首をふる。
ネコは冬我へ視線をうつし「妹が殺されたとき、強姦や物取りの跡はあったか?」と聞いた。
冬我は黙って首を振り、「犯人もまだ見つかっていない」と、つけくわえた。
ネコは『そうだと思った』という視線を残し、歩き始めた。
「どこにいくんだ」
冬我がおいかけようとすると、「帰るんだよ。これ以上ここにいても仕方がない」
「待てよ、まだ何もつかめてないじゃないか」
と、幸也がネコの肩を掴む。
ネコは空を見上げ、「雨が降る。山道を歩いて戻るならモタモタしている暇はない」と言った。
気付かなかったが、たしかに雲行きが怪しくなっている。
雨が降る中で山道を歩けば、地盤が緩み、視界も遮られて危険だ。
「今日はもう帰って、戸部奈々子と飯田昌代の共通点を探そう」
ネコの言うとおりだ。
ここでモタモタしているよりもさっさと山を越えて戻ったほうが懸命だ。
そう思い、歩き出そうとしたときだった。
沙耶香の目が見慣れた顔をとらえ、足が止まった。
「栗田君?」
その見慣れた顔へ向けて、沙耶香が声をかける。
田んぼをはさんで向こう側にいる栗田が驚いたような表情をして、それから手を振ってみせた。
☆☆☆
「こんなところで、どうしたんだ?」
栗田が、沙耶香と他の見慣れない面々を見ながら、そう言った。
「私たちはちょっと用事があって……。
栗田君こそ、どうしたの?」
「あぁ。俺もちょっとした用事かな」
そう言い、ヒョイと肩をすくめて見せる。
「雨が降る、長話は禁物だぞ」
横からネコにそう言われて、沙耶香は『わかってる』と、視線で合図した。
「ごめん、これから歩いて山を越えなきゃならないの。
雨が降りそうだし、もう行かなきゃ」
「歩いて山を? どういうことだよ、何考えてんだ」
「それにも、ちょっと事情があるのよ」
「事情は知らないが、お前みたいな女が男三人とこんなド田舎にいる時点で、俺はどうかしてると思うけど?」
キツイ口調の栗田に、沙耶香が一瞬目を見開く。
長年一緒にいるが、栗田にこんな嫌味を言われたことは初めてだ。
『お前みたいな女』ですって?
何も知らないくせに、尻軽だとでも言いたそうなその表情。
「『お前みたいな女』が『どうかして』て悪かったわね。
何も知らないくせに!」
そう怒鳴りつけると、怒りの勢いにまかせて大股で歩き出した。
山へ向けてズンズン歩いていく沙耶香の肩を、追いかけてきた栗田が掴んだ。
「なによ!!」
その手を払いのけながら鬼の形相で振り返る。
栗田はその迫力に数歩後ずさりし、それから「ごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。
別に沙耶香の事を軽い女だとか、そんなことを思ったわけじゃない」
と、必死で言い訳をはじめた。
それでも、沙耶香の怒りはおさまらない。
今まで一緒にいた栗田だからこそ、言われたくない言葉がある。
だいたい、いつまでも私の気持ちに気付かないなんて、どこまで鈍感なのよ。
そうよ、あの星の夜のキス――正式には未遂だけど――あれはなんだったの!?
その後なんの連絡もしてこないで、偶然会ったら大層な嫌味を言われるなんて!
「怒るのはわかるよ、本当に僕が悪かった。だけど、歩いて山を越えるなんて無茶だ」
「ご心配どうも。でも大丈夫よ、ここまで山を越えて歩いてきたんだから」
栗田は呆れた顔をして、他の三人に視線を送った。
「大人の男が三人もいて、爽香を歩かせたのか?」
「ちょっと、また嫌味みたいに言わないでよ。私が無理矢理ついて来たのよ。
それに、車はあったけど歩いて越えたほうが早いから歩いたの。冬我さんたちは悪くない」
「沙耶香、君は女だぞ。女がそんなことしちゃいけない」
「今度は男女差別? やめてよ、母親みたいなお説教なんて」
「差別じゃない。君は特別なんだよ」
「特別? なにが?」
「それはだから……その……」
そこまで言い、口ごもる。
さっきまでの勢いをなくしてしまい、沙耶香から視線を外し灰色のアスファルトで視界を埋めた。
沙耶香が口を開きかけた瞬間、栗田が手を取って山とは逆に歩き始めた。
無理矢理ひきずられるようにして歩きながら、爽香が文句を言う。
「この子は俺が自分の車で家まで送り届ける」
栗田は幸也とネコにキツイ視線を送りながらそう言い放った。
「どうぞ、ご自由に」
ネコは何とも思っていない冷めた表情のまま、そう言ったのだった……。
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