第31話

「ネコが、親に捨てられた理由そのものだ」



 やがて、真暗なモヤは晴れて行き、ネコの表情も和らいだ。



まるで夢でも見ているようだ。



 そう思い、幸也は自分の頬を思いっきりつねってみた。



 当然ながら、痛い。



「もう大丈夫だぞ」



 ネコがそう言い、こちらを振り向く。



 しかし、その両目は閉じられていた。



「第三の目を使うとき、他の目は機能を停止する。


でも、ちゃんと見えているから安心しろ」



 説明をしながら、冬我がネコに近づいていく。



 幸也は沙耶香を自分の胸から引き剥がし、


「あまりにも現実離れしてる」


 と呟きながら、冬我の後を追った。



 手の甲いっぱいに見開かれた、大きな目。



 それはギョロギョロと動きながら辺りの様子を伺っているようにも見えた。



 すると、ネコはヒョイと肩をすくめて、


「これはすごい」


 と一言いった。



「すごいって、何が?」



 幸也の後ろにピッタリとくっつき、それ以上ネコに近づかないように気をつけている沙耶香が聞く。



「ここは間違いなく『幽霊の携帯電話』の噂の発祥の地だ」



「霊がウジャウジャいるってことだ」



 冬我のその言葉に、沙耶香は幸也の服をギュッと掴んだ。



「一つの霊が他の霊を呼び寄せる場合がある。


ここも、最初はたった一体の魂だったハズだ。その一体が偶然引き起こした霊現象『幽霊の携帯電話』によって人々に噂は広まり、その噂が更に霊を呼んだんだろう」



「ネコ、霊は何体見える? もしくは何十体だ?」



「何体でも何十体でもない。何百はいる」



「なるほどな。だから家がねぇのか」



「今回の事件の『幽霊の携帯電話』は、連鎖的に起きた現象だと推測できる。


けど……」



「さっきの携帯電話の件だな?


ありゃぁ間違いなく連鎖的に起きたことじゃなく、俺たちをここまで連れてくるための霊の仕業だ」



 ネコと冬我がそこまで話を進めたとき、ようやく幸也が口を開いた。



「なにが何だかさっぱりわからない。ちゃんと説明してくれ」



 幸也の後ろで沙耶香が何度も頷いている。



「霊がひとつの場所に何百と集まると、人の体に少なからず影響を与えるんだ。


だからここに家や店は一件もない」



「こんなにド田舎なわけね」



「そう。


けれど、一度広まった噂は止まらなかった。次から次へと膨れあがる噂に好奇心だけでここを訪れる若者。


それらによって引き寄せられた霊たちが、もっと自分の存在をアピールするために霊現象を引き起こす」



「飯田昌代の遺体を発見した男が言っていた霊現象。あれはアピールに当たるわけだよ」



 と、ネコの後に冬我が言った。



「霊現象を起こした魂と、今回の事件は無関係。


つまり、ここでいくら『幽霊の携帯電話』について調べたところで事件に役立つ情報が得られるとは思えない」



「待って、ここにお姉ちゃんの魂は見えないの?」



 沙耶香が、思い出したようにネコの服を引っ張って言った。



 この山へ入る前、あるはずのない携帯電話が落ちていた。



 あれは昌代の仕業ではないのか?



「そのことだが……」



 ネコは右手の目をギョロギョロと泳がせ、また口を開いた。



「君のお姉さんの姿は見えないが、もう一人、写真で見たことのある顔がある」



「誰?」



 沙耶香が聞く。



 ネコは大きく息を吸い込んで


「戸部奈々子」



 と言った――。




 すべての時間が停止した。



とべ……ななこ?



 ついさっき冬我の話で出てきた人物だ。



 冬我と同じ施設にいた妹のような存在の女の人。



 戸部奈々子。



「どういうこと?」



 沙耶香は自体をうまく飲み込めず、眉をひそめた。



「ここにいるのはおっさんの妹だ」



 右手の目が一つまばたきをした。



「ネコ、冗談はやめろ。だいたいお前は奈々子を見たことがないはずだ」



 冬我がそう言い、ひきつった笑みを見せる。


「冗談じゃない。


写真はいつもあんたが持ち歩いてるじゃないか。カード入れの中に」



「なんだと!? 見やがったのか!」



「おっさんが置きっぱなしにしてるから偶然『見えた』んだよ」



「同じじゃね~かっ!!」



 言い合いを始める二人に、幸也が慌てて「で、なんでその人がここに?」と、話題を戻した。



「おそらく、俺たちをここへ導いてきたのが戸部奈々子だろう」



「奈々子とこの場所は何の関係もないはずだ」



「戸部奈々子の魂事態がここに関係してるかどうかは、まだわからない」



 そう言うと、ネコは閉じていた両目を開けた。



 それと同時に、手の甲の目がスゥッと消えていく。

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