第30話

心配する沙耶香に、冬我はシッと人差し指を立てて合図し、へたくそにウインクしてみせた。



 いいから黙って見てろ。



 という事だろう。



 視線をネコに戻したその瞬間……。



 沙耶香は小さく息を飲み、両目を見開いた状態で両手で口を塞いだ。



 幸也も唖然とした表情で言葉を失っている。



 二人の心臓はドクンドクンと高鳴り、そのリズムで奇抜なダンスが踊れそうだった。



「なんだあれは……」



 幸也がようやく発した言葉は、それだった――。


☆☆☆


 一方その頃、新田たちは結局なんの情報も得られないままに警察署までまい戻ってきていた。



 藤堂は、食べようとしていた牛丼がすでに冷めきっていたが、それをレンジで温めなおし事も無げに口にしていた。



 くわえタバコでその様子を見ていた新田は、軽く苦笑する。



 食べ方がまるで赤ん坊だ。



 よほど腹が減っていたのかもしれないが、口に入っている米より零れ落ちる米の量の方が多い。



「もう引っ張り出したりしないから、もっとゆっくり食え」


 新田がそう言っても、藤堂は頷いただけで食べる速度を落とそうとはしない。



 ジッとみていると、こっちは食欲を徐々になくしていきそうだ。



 ゆっくりとタバコの煙を吐き出しながら、備え付けの小さなテレビに目をやる。



 昨日まで昌代の殺人事件を頻繁に映していたニュース番組が、今はお笑い芸人の結婚式の模様ばかりを報道している。



 そして、それをお茶の間で見ている主婦たちは、コロコロと変わる話題に乗り送れないようにと、必死で食らいつく。



 新田は軽く舌打し、タバコをデスク押し付けたかと思うと、勢いよく立ち上がった。



ガタンッ!



 という椅子の音で、藤堂が驚いたように箸を止めた。



「行くぞ」



「……ふえ?」



 まだ口に肉が残っていて、間抜けな返事しかできなかった。



「次は飯田昌代の働いていたキャバクラの方だ。さっさとしたくしろ」



 突然そう言われて、藤堂は口の中のものをゴクンッと飲み込んだ。



「でも、さっきはもう引っ張り出したりしないって!?」



「うるさい。事件は刻一刻と形を変えてるんだ!今やれることをやらないでどうする!」



 新田にそう怒鳴りつけられて、藤堂は今にも泣きそうな顔になる。



 ……怒鳴られたからではない。まだ牛丼が3分の1ほど残っているからだ。


「行くぞ!」



 また、さっきと同じように首根っこを掴まれる。



「ま、ま、待ってくださいよ!!」



 しかし、今度は藤堂も必死だ。



 なんとか引きずられていくまいと、机にかじりつく。



あと一口、あと一口でいいから!!



 そんな願いもむなしく、金の箸を奪い取られ泣きそうになる。



「もたもたすんなぁぁ!!」



 体はデカイが、新田ほどの力を持ち合わせていない藤堂は再び首根っこをつかまれて、ズルズルと荷物のように引きずられていく。



そんな……ひどいよっ!!


☆☆☆


 ご自慢の箸まで奪われ半べそをかいている時間から、少し話しを巻き戻しそう。



「なんだあれは……」



 幸也は目の前に広がる光景に唖然として呟いた。



「手が……っ!」



 沙耶香が、おびえた声を出す。



「あれが、ネコの能力の使い方だ。死者を見る。


三つ目の瞳――」



 それは、あいつの手の甲に隠されている。



 冬堂の言葉を掻き消すように、爽香が悲鳴をあげ、幸也の胸に顔を埋めた。



 三人の前には、ネコの姿。


 ネコは右手を高々と上げ、左手でその手首を強く握り締めている。



 ひどく痛むのか、表情がゆがんだままだ。



 一瞬、ネコの周りだけ真暗なモヤが立ち込めたかと思うと、右手の甲にはナイフで横に切られたような傷跡が浮かびあがってきたのだ。



 それは徐々にミミズ腫れのように膨れあがり――。



「死者の魂を、俺に見せてくれ」



 ネコがそう言うと同時に、手の甲の傷跡はパッと見開かれ、ギョロリとした大きな黒目がそこに現れた。



 幸也は一瞬息を飲み、それでもネコから視線を外さない。



 沙耶香は相変わらず幸也の胸に顔をうずめたままで、ネコを見ようとはしなかった。

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