第18話
☆ ☆ ☆
苦いコーヒーは、ネコの素性を語る間に全部飲み干してしまった。
一体、今までの話のどこまでの信じているのかは知らないが、まるで夢物語を聞く子供のように真剣に耳を傾けていた。
「じゃぁ、あなたにはお姉ちゃんの姿が見えているの?」
幽霊が見える。
それを知ると、紗耶香はまるで大きな希望を見つけたように目を輝かせた。
しかし、その答えは意外なものだった。
「いや。見えない」
冷たく言うネコに、
「ここにはいないのか?」
と、幸也は聞く。
「違う。
いつでもどこでも幽霊が見えるような、そんな能力は俺にはないんだ」
「……どう言う事?」
「俺が幽霊を見るには、ある事をしなければならない。
それは一番重要な時にしか、使わない」
ある事……?
そんな言い方をされても、さっぱりわからない。
「今の俺が出来る事は、霊気を感じることくらいだ」
そう言うと、ネコは部屋の片隅を指差した。
白い机が置かれている、その下辺りだ。
「なに?」
紗耶香が聞く。
「この部屋に入ったときからずっと、そこに霊気を感じる。
けれど、それが何であるかはわからない」
指差された机の下に紗耶香と幸也の視線が集中する。
けれど、もちろんそこには何も見えない。
「ちょっと、やめてよ」
軽く身震いをして、ネコを睨む。
「大丈夫だ、悪い霊じゃない。
もしかしたら、君のお姉さんかもしれないな」
その言葉に、紗耶香は一瞬大きく目を見開く。
お姉ちゃん? 本当に?
「今度機会があれば見てやるよ」
ネコはそう言うと、ぎこちなく口元を上げた。
一応、『笑った』つもりらしい。
作り笑いなどネコの性格に合わないから、無理をしなくてもいいのに。
「それで、昨日は現場に行って何かわかったのか?」
幸也が、ようやく話を本筋へと戻した。
紗耶香は少し俯き、
「なにも……」
と、呟くように返事をした。
「1人じゃなかったろう」
ネコの言葉に、紗耶香は一瞬首を傾げる。
それからすぐに、現場で栗田と会った事を思い出した。
「そうよ。高校の同級生が心配して来てくれたの」
「恋人じゃないのか?」
「違うわよ。どうして?」
聞き返しながらも、心臓が飛び出しそうになる。
そうだ、ネコには見られていたのだ。
キスの寸前を。
そう思うと、急に恥ずかしくなって頬が赤くなるのがわかった。
「最近の若い子は恋人でもない人間とキスをするのか」
からかうでもなく、嫌味のように言うわけでもなく、ごく普通にそう言うものだから、
紗耶香は思わずネコの顔面目掛けてヌイグルミを投げつけた。
バシッと音がして、ネコの鼻に赤い痕がつく。
「おい……」
心配する幸也をよそに、ネコはこんな時でも無表情だった……。
☆☆☆
パソコンの前で藤堂はマウスを握り締めていた。
12畳ほどの部屋に並べられた、いくつかの机とパソコン。
部屋の前には『捜査本部特別室』と小さく手書きで書かれたプレートが出されていて、藤堂と新田だけがここでこじんまりとした作業をしているらしかった。
新田は藤堂の横でモニターをジッと凝視しながら、腕組みをしている。
画面に表示されているのは、幸也が入っているサークルに関する掲示板だった。
この掲示板事態は直接サークルと繋がっているわけではないのだが、昔サークルに参加していた人物や、サークル内の噂などが書き込まれている。
どんなに口が堅くても、今の時代はこうして何もかもが垂れ流し状態なのだ。
「リーダーであるオルフェウスについての噂もいくつか出てますが……どれも信憑性にかけますね」
難しい顔で画面を見ていたため、目がチカチカしてくる。
「例えばコレ、
『オルフェウスは絶対的な神である。ここに書かれているものはすべてでたらめだ!』
これはすでに、一部の神ではなく世界の神と同等の扱いをしてますよ」
「ただのサークルリーダーがそこまでの信頼を受けるというのはどういうことだ?」
「わかりません。これじゃまるで怪しい宗教ですよ」
ハハハッと軽い笑い声を上げる藤堂に、新田の眉がピクリと動く。
宗教……。
確かに、ここまでオルフェウスの存在を支持する者からすれば教祖のような存在なのかもしれない。
大きな存在なのにその姿は誰にも知られず、ただネット上の文字だけで周りの人間を引きずりこむ……。
「オルフェウス自身の書き込みを見ることはできないのか?」
「それはこの掲示板では難しいでしょう。
そのサークルに入っていればオルフェウスからのメールが直接届くようになっているとは思いますけど」
「なるほど……」
そう呟く。
幸也が絶対的な信頼を持っているオルフェウス。
警部の息子なのだから、思い込みや固定疑念がどれだけ捜査に穴を開けるか充分に知っているハズだ。
それでもなお、怪しくはないと信じ込んでしまっている。
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