第42話

「ねぇ、沙耶香知ってる?」



 栗田は、なぜか両手に黒い皮の手袋をはめていた。



「オルフェウス、ギシリア神話の神の話しを」



「……知らない」



「マクベスを知っているから、話しができると思ったんだけどな」



 栗田は残念そうにそう言い、皮手袋の手を握ったり開いたりした。



 その度にギュッギュッと皮の鈍い音が聞こえてきて、沙耶香は顔をしかめた。


「父さん」



「ん? なんだ?」



「父さんは、大丈夫なの?」



「なにがだ」



 キョトンとする新田に、幸也は言葉を続けた。



「サークルの登録画面だよ。見たんじゃないのか?」



 不審そうにそう言う幸也に……新田は大きく目を見開いた。



「しまった!!! 藤堂のやつが見たんだ!!!」



 そう叫ぶと、足にコードをからませてこけそうになりながら、部屋を出たのだった……。


「ねぇ、ここはどこ?」



 いつもと違う雰囲気の栗田に、沙耶香は一瞬恐怖を覚える。



 何がこわいのかわからない。



 ぼんやりとした恐怖。



「オルフェウスはね、歌の神なんだよ」



 栗田は、沙耶香の言葉に返事をしない。



 ギュッギュッと、相変わらず皮の音が響いている。


「歌の神は色んな女性に好かれていたが、その好意をすべて跳ね除けたんだ」



「……」



「なぜだかわかるかい?」



「……わからないわ」



「他に、愛する人がいたからだよ。オルフェウスはその人への気持ちを守り通したんだ」



「……」



「真っ直ぐな気持ちを通し続けたがために、他の女たちから恨みをかったオルフェイスはその後女たちに殺される運命になった。



体をバラバラにされて、川へ流されたんだ」



 栗田はそう言うと、手足を切断するようなジェスチャーをしてみせた。



 かたい表情のままの沙耶香の頬を、栗田がソッと撫でた。



「ねぇ、オルフェイスにとっての悪魔とは、何だと思う?」





《捜査依頼書


七月某日。

東京○○区のB・P専門学校への潜入捜査を依頼する。


捜査内容。

B・P専門学校内にいる生徒を一人見つけ出せ。

その生徒は悪魔である。》


「ねぇ、沙耶香。何だと思う?」



 栗田の声が、狭い部屋に響いている。



 沙耶香は、強く首をふった。



「わからないわ……」



 その答えに、栗田はゆっくりと立ち上がった。



 沙耶香が寝かされているベッドの下から、何かを取り出した。



「……っ!!」



 思わず、目を見開いて絶句する。



 栗田の手に握られているのは……ロープだ。



「女だよ。オルフェウスにとっての悪魔は、女なんだよ。沙耶香」



 両手でロープをピンと張り、ニタリと笑う栗田。



「戸部奈々子も飯田昌代も、女だった」



「……!?」



「どちらもつけ込みやすい隙があった。だから、簡単だったよ」



 ベッドの周りを、ゆっくりと回り始める栗田。



「沙耶香、君と僕が出会った場所を覚えてる? 学校の近くの喫茶店。



戸部奈々子は、昔あそこでアルバイトをしていたらしい。



『らしい』っていうのは、僕は彼女を殺していないから。



わかる? 僕はね、二代目のオルフェイスなんだよ……」


☆☆☆


「俺は長い間サークルに参加してるから知ってることなんだけど・・・・・・オルフェイスの歴史は、今から始まったことじゃないんだ」




 車の助手席で、幸也が重い口を開いた。



「なんだと?」



「ずっと、もう何年も……噂によると戸部奈々子が殺された10年前にはすでに存在していたんだ」



 新田は眉間にシワを寄せながら、ハンドルを切る。



「当時は、ネット上ではなく会員たちは実際にオルフェイスと会い、携帯メールで調査依頼を送っていたらしい」



「なるほど……」

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