第43話

 車は、藤堂とはぐれたネオン街へと差し掛かっていた。



 さっきはどの風俗店も人気がなかったが、今は所所に派手な衣装を身にまとった女たちが客寄せをしている。



「戸部奈々子と、飯田昌代がオルフェイスとどこかで繋がっていたとしたら……」



 雨は、より一層強さを増していた――。


☆☆☆


 当時の喫茶店は、今でもその姿のまま健在していた。



 しかし、時間も遅いのですでに閉店時間を過ぎていて、オシャレな木のドアには《準備中》の看板がかけられていた。



「おい! 誰かいないのか!?」



 冬我はそう怒鳴りながら、ドアを乱暴に叩く。


 ネコはその様子を車の中で見ながら、大きく息を吸い込んだ。



 ギュッと左手首を握り締めた。



 集中するように目を閉じ、眉間に深いシワを寄せる。



「……ネコ?」



 冬我が車へ振り返った瞬間、車内な真暗なモヤに包み込まれていることに気付いた。



 ネコが、自分の合図なしで《目》を使うことなんて珍しい。



何か感じ取ったのか?


 しばらくすると、車内のモヤはスッと薄れて行き、ネコの様子が確認できた。



「ネコ、何かあったのか?」



 ビニール傘を片手に、冬我がネコへと急ぐ。



「戸部奈々子と、飯田昌代の霊を感じたんだ」



「本当か!?」



「あぁ……」



 そう言うと、ネコは口を閉じた。



 左手の甲に見開かれた瞳。


 そこには、生前の戸部奈々子と飯田昌代の姿を、確かにとらえていた。



 雨の中、しきりに何かを指差している。



なんだ……? 俺に何を伝えたい?



 その指先の方向へと、左手の目を移動させる。



 しかし、ここからでは視角になっていて何も見えない。



「ついて来てくれ」



 ネコは冬我にそう言うと、車を下りた。



 冬我は、慌ててネコの頭上に傘を差し出す。



 自分は少しぬれてしまうが、この際気にしている暇はない。


「どこへ行くんだ?」



「2人が、何かを伝えたがっている」



 そう言うと、ネコは喫茶店の裏へと回って行った。



 裏には小さな庭がブロック塀で囲まれていて、外から様子が見えないようになっている。



「なっ!?」



 冬我が声を上げてビニール傘を投げ出した。


「おい! おい、どうしたんだ!!」



 庭に倒れ込んでいた人物にかけより、何度もゆさぶる。



 もう随分長い間雨に打たれていたのだろう、体が冷え切っている。



「やっぱり……」



 ネコはそう呟き、倒れている戸部奈々子の姉……現在冬我の恋人である戸部洋子を見下ろした――。

☆☆☆


苦しい……。



息が、出来ない……。



 ロープで強く首を絞められ、沙耶香は声にならない声であえいだ。


 その表情に満足し、一旦手の力を抜く栗田。



 その瞬間に、激しく咳き込む。



 けど、逃げ出す力はどこにもない。



 涙で世界がぼやけ、一気に空気を吸い込んだ肺が悲鳴をあげている。

殺される!!



 そう思っても、爽香にできるのは微かな抵抗だけだった。


「最高だよ。


君の苦しむ顔は飯田昌代のものより数倍は美しい!!」



 興奮気味にそう言い、鼻息を荒くしながら沙耶香の体を撫で回した。



 ついさっきは触れられるたびに嬉しくて嬉しくて、やっと思いが通じ合い一つになれたと感じていたのに、今はその手が気持ち悪くて吐きそうだ。



「や……めて」



 かすれた声が出る。



「沙耶香……。君はなんて純粋で美しいんだ」



「嫌よ……やめて……」



「怖がらなくていいんだよ。


数時間後には君も飯田昌代と同じ場所へ連れて行ってあげるから」


お姉ちゃん……。



 昌代の事を考えると、こんな状況に関わらず涙がこぼれた。



こうやって、死んだんだね。



1人で寒い寒い山の奥で……。



栗田君に、こうやって……。



 その、瞬間だった。



 聞きなれた音楽が部屋の中に流れ始めたのだ。



「なんだ!?」



 驚いて、栗田が沙耶香から体を離す。



「この曲……」

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