第8話
「バカたれが! 俺にこんな事言わせるんじゃねぇよ!」
再び怒鳴り、ドアを一発殴りつける。
太陽の上がりきらない、薄い青色をした朝を思い出す。
二つの分かれ道を思い出す。
山の中の急カーブを思い出す。
……その時だった、静かにドアが開いた。
座り込んだまま、顔だけ上げる。
そこには下半身にタオルを巻きつけた、無表情のネコが立っていた。
男にしては少し長めの、肩にかかる髪から水滴が滑りおちて、冬我の頬に落ちた。
「こんな所でなにやってんだ」
冬我を見下ろしながら、ネコが言った。
この、クソガキがっ!!
冬我は無理矢理笑みを作り
「えらい長ぇシャワーだったじゃねぇか」
と皮肉を言い返してやったのだった。
☆☆☆
幸也はパソコンで印刷した地図を片手に、人気のない森の中へと入り込んでいた。
森の中なので、当然辺りは木、木、木。
日は傾いているけれど、夏の夕方はまだ明るい。
木の間から差し込む日差しが森の薄暗さを緩和させ、木の枝が太陽の熱を遮断する。
幸也は緑色の空を見上げて、これは最高の共存だと感じた。
足元は小さな小道が作られていて、人一人通るのは何の問題もない。
けれど……。
幸也は地図に視線を落とし、その場所を確認した。
白黒で印刷された地図の真ん中に、星マークがついている。
この星マークを目指して歩いているのだが、このまま行くとどう考えてもソレはこの森の中に存在するようなのだ。
インターネットで偶然見つけた奇妙な事務所。
半信半疑のまま依頼メールを送ったのだが、まだ返事は来ない。
最初から信用などしていなかったが、ネット上に地図まで載せていると言う事は、行ってみる価値はあるかもしれない。
そう思うと、幸也の足は自然とこの場所へと向かっていたのだ。
「道を間違えたか?」
そう呟いてみるけれど、ここまで一本道だったのだ。
間違えるハズがない。
森の入り口からずっと小道が続いているので遭難するような事はあり得ないが、それでもこの深さでは不安になる。
パキッと落ちた木の枝を踏んだ時……、
幸也の目の前からフッと森が消えた。
消えた。
と思うほど綺麗に木々がなくなり、ポツンと建つプレハブ小屋が現れたのだ。
プレハブ小屋はクリーム色をしていて、外に工事現場などで使われる簡易トイレが引っ付いていた。
幸也は細い目を人並みほどの大きさに見開き、地図と小屋を交互に見る。
「マジかよ……」
間違いなく、ここが星マークの目指す場所のようだった……。
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☆☆☆
冬我が嫌味を言い返した、その時だった。
微かに、外から人の声が聞こえてきた。
「あん?」
こんな場所に人が来ることは滅多にない。
空耳かと思い、眉をよせて首だけ後ろの玄関へ振り返った。
ネコにも今の声が聞こえたのか、視線を冬我の後方へと移動させる。
もちろん、この家にはチャイムなんて付いていない。
中の人間を呼ぶためには聞こえるまで声をかけるしかない。
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「すみません、誰かいませんか!?」
幸也はプレハブ小屋の引き戸の前で声を張り上げた。
中に誰かいるのかどうか、どこにも窓がない長方形の四角い箱では様子を伺うこともできない。
もう一度声をかけようとした時、
「誰だ?」
と、中から年配と思われる男の声が聞こえてきた。
返ってくるとは思わなかった返事に一瞬驚き、
森を歩いてきたため服の汚れをはらってから口を開いた。
「すみません。ここは三つ目探偵事務所でしょうか?」
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