第7話

☆☆☆


 そんな紗耶香の様子を見ている2人の影があった。



 葬式会場からほんの少し離れた場所で、白い軽に乗った2人組。



 その顔には見覚えがあった。



 幸也の父親である新田と、モヤシの藤堂だ。



「辛そうですね……」



 運転席の藤堂が、紗耶香の表情を見て心配そうにフロントガラスへ顔をへばりつける。



 まるで、好きな子を必死で目で追う小学生のようで、その感情はバレバレだ。



「見すぎだ」



 新田は、くわえていたタバコをふかし、藤堂の後ろ頭を軽く小突いた。



 ガラスにべったりと張り付いていた藤堂は、小突かれた拍子に鼻っ面を打ち付ける。



 隣でうめき声を上げる藤堂を無視し、新田はバックミラーへ視線を戻した。



 被害者の飯田昌代は、夕方6時から夜の12時近くまでキャバクラでアルバイトをしていた。



 客の中ではそこそこの人気があり、毎月ベスト5以内には必ず入っていたという。



 人気が出れば、やっかいな客も出てくるはずだ。



 思い込みの激しいストーカーだとか、ヤクザがらみだとか。



 昌代本人に会えるのは、この式場で最後だ。



 犯人がノコノコとやってくる可能性はないだろうが、


裏事情を知っている連中が来る可能性はある。


 それを狙っているのだ。



 しかし、さっきから会場の外と中を行き来しているのは身内ばかり。


 あと数十分もすれば始まるというのに、それ以外の姿は見えなかった。



「夜の世界には友情なんてないんですかね」



 赤くなった鼻をさすりながら、藤堂がそう呟いた。



 新田はその言葉に、


「どうだろうなぁ」


 と、タバコを灰皿に押し付けた。




 今までにだって夜の世界で働いている人間や、裏の世界の人間とは否応なしに関わってきた。



 けれど、それは時に熱い絆で結ばれていて、時に仲間を簡単に見殺しにする。



 いくら事件を解決へと導いても、それはしょせんトカゲのシッポ切りでしかない時だってある。



 真犯人は、とうの昔に逃亡し、のうのうと生きているのだ。




 口の中から白い煙りを吐き出しながら、被害者の顔を思い出した。



 両親が早くに亡くなった昌代は、親戚の家を渡り歩いていたらしい。


 その中で自分の居場所を見つける事はできなかったのだろうか?



 結局は1人で生きていくしかないと心に決め、働き出した場所がキャバクラだった。




「なぁ、人生なんてどこで狂うかわからないんだ。


例え自分がどれだけ必要としていても、それで相手が安らげるとは限らない。」



 太い眉をよせ、窓の外の紗耶香ほ向けて小さくつぶやいた――。


☆☆☆


「ネコ! いい加減にしやがらねぇかっ!!」



 冬我はシャワールームのドアを壊れるほどにノックしながら、中にいるネコへと怒鳴りつけた。



 額に血管を浮かびあがらせ真っ赤な顔をして、さっきからずっと怒鳴り続けているのだ。



「出てきやがれってんだよ! オメェが働かなきゃ誰が働くんだ!


真っ先に餓死すんのはテメェだぞ!!」




 シャワールームの壁は薄い。



 冬我の声が聞こえないわけがないのだ。



 しかし、ネコは完全に無視している。



 朝起きて汗を流しに行ってから、もう3時間は出てこない。


 冷房器具のない部屋はどんどん気温が上昇し、背中から汗が滴り落ちていく。




 鳴きはじめたばかりのセミの声が、更に苛立ちを倍増させた。



「何が気に入らねぇってんだ!? 仕事が入ったつってんだろうがよ!」




 暑さに耐えかねて、シャツを脱ぎ、上半身裸になる。



 ここには自分とネコしかいない。


 かまうもんか。



 少々無駄な脂肪が目立つようになった腹部に、筋肉質な二の腕がミスマッチに付いている。



 唯一筋肉の残るその腕で、こんしんの力を込めてドアをたたきつけた。



チクショウ、この強情っぱりめが!


 ネコがこうして子供みたいにだだをこねている理由は予想がつく。



 仕事は順番に、確実にこなす事。



 それが、この仕事をやっていく上で最低限のルールなのだ。



 仕事内容まで選んでいては、一年間食いつなぐほどの金は手に入らない。



「オメェよぉ……」



 冬我はドアを叩く手を止めて、ため息混じりに肩を落とした。



「……また、捨て猫になりてぇか」



 その場に座り込み、小さな声でそう言った。



 ドアの向こう側から、カタンと何かの物音がした。



 少なからず、同様を見せたに違いない。

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