第6話

☆☆☆


 翌日、男が目を覚ましたのは昼近くになってからだった。



 暑さのせいで寝付きが悪かったものの、冷えピタのおかげであれからすぐに深い眠りにつく事ができたのだ。


 そして、気がつくとこの時間。



「起きたか」



 寝ぼけ眼でベッドから上半身を起こす男へ、昨夜大イビキをかいていた《育ての親》がコーヒーを差し出してくる。



 男はそれを受け取りながら、


「おっさんの作るコーヒーは甘すぎるんだよ」


 と、開口1番に憎まれ口を吐き出した。


 《育ての親》は、朝から男の機嫌が悪いと悟ったが軽く肩をすくめて、


「テメェのコーヒーが苦すぎるんだよ」


 と、簡単に言い返してやった。



 男の方の年齢は幸也と同じで、目は大きくハッキリとした二重でホリが深い。



 《育ての親》こと、九流冬我(クリュウ トウガ)35歳は、男とは正反対でボッテリとした一重に印象に残らないような薄い顔をしていた。




「ネコ、今日は仕事が入ってたぞ」



 冬我の言葉に、『ネコ』と呼ばれたその男はカップの中の茶色い液体に視線を落としたまま、反応を示さない。



 冬我はパソコンのメール画面に視線をむけたまま、


「見ねぇのか?」


 と聞く。



 巻き舌を使う口調が、まるでヤクザのようだ。



 ネコは汗にまみれたTシャツをベッドの上に脱ぎ捨て、そのままシャワールームへと向かう。



 どうやら、『見ない』という返事らしい。



 パソコンの画面にうつったネコの後ろ姿を目で追い、冬我は軽く息を吐き出した。



全く、可愛いげのねぇヤツだ。


返事くらいしやがれ!



 心の中でそうののしりながら、確認済みのメールボックスをもう一度開いてみる。



《件名:三つ目探偵事務所様への依頼》



 これは、昨日ネコが確認していたメールだ。


 冬我はその次のメールを開き、画面にグイッと顔を近づけた。




このメールは本物か? だとしたらエライ大金が転がり込んでくるチャンスだぞ。




 そう思うと、昨晩のネコと同じように舌を出し、上唇をなめた。




本当でも偽物でも、この依頼者に連絡してみる価値はありそうだ。


☆☆☆


 自慢の髪を一つにまとめて、黒いスーツを着た紗耶香が炎天下の中、アスファルト駐車場に立ちつくしていた。



 その目の前には会場がある。



 イトコの昌代が、今日の主役である。



 結婚式でもなく、誕生日パーティーでもなく、葬式の主役である。



 紗耶香は広い駐車場から、雲ひとつない空を見上げた。


 空は青い、そして大きい。


 人間よりも何倍も大きいけれど、限りがある。


 青さにも、真っ暗な終わりがくる。



「どうして、お姉ちゃんなの?」



 昌代は、25歳という若さで死んでしまった。


 しかも、普通の死に方ではない。


 何者かによって殺されたのだ。



 紗耶香はキュッと唇をかみしめた。


 まだ、昌代がいなくなってしまった悲しみも、犯人への怒りも、リアリティがなさすぎた。



 頭で理解していても、まるで透明なケースに入れられているように、感情としてそれらが沸き上がってこない。



 ただただ、紗耶香の中に疑問だけが浮かび上がる。



どうして?



 どうして昌代が殺されたのか。


 昌代じゃないといけなかったのか。



 それを解決へ導くのはもちろん警察の仕事だ。


 けれど、紗耶香は知りたいと願った。



 いつの間にか、かみしめた唇から血が滲んでいる事も気付かず、ジッと空を睨み続けた……。


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