19の夏~私の愛した殺人鬼~
西羽咲 花月
第1話
誰もいない、真っ暗な道。
1人で歩いていると、画面のひび割れた携帯電話が落ちている――。
それは、小さな町での都市伝説。
携帯電話を見たものは、あの世へと吸い込まれていく……。
人はそれを《幽霊の携帯電話》と呼んだ――。
梅雨のあけた夏は暑い。
日影に隠れていようが日傘をさしていようが
アスファルトからの照り返しはいつも容赦なく突き刺さる。
パソコン関係の専門学校に通う、飯田紗耶香(イイダ サヤカ)19歳は、長い黒髪をなびかせて足早に廊下を歩いていた。
腰につくほど長い髪は艶があり、歩くたび軽やかに揺れて光を放つ。
まるでチワワのように大きな目を持ち、長く上向きのマツゲが白い肌に浮いていた。
桃色の頬は不健康なほど細い体をカバーし、健康的なイメージをまわりに植え付けている。
明らかにまわりの目を引くほど美人な紗耶香が、急に表情をゆがめ、その場に立ち止まった。
「いったぁ……」
そう呟き、テキストを持っていない左手で頭をおさえ、振り向いた。
そこには、150センチ程度しかない紗耶香を見下ろすようにして、1人の青年が立っていた。
目が細く少しつり上がっているのが原因で
睨まれていると勘違いした紗耶香は2、3歩後ずさりした。
その瞬間、青年のシャツのボタンにからまっていた紗耶香の髪がピンと張り
「痛いっ!」
と、また表情をゆがめた。
「動くな」
青年は低い声で一言いうと、からまった髪をほどいていく。
男にしては細くて白い指先。
だけど、決して頼りないわけではない。
その手ですべてのものを包み込んでしまいそうな、そんな大きさがある。
「……ありがとう」
「邪魔なんだよ」
紗耶香の言葉を見事に遮り、青年が言った。
「え?」
キョトンとして聞き返す紗耶香。
「髪、伸ばしたけりゃ結べ」
青年は表情ひとつ変えず、紗耶香へ向けて言ってのけた。
廊下に出ていた数人の生徒たちが、青年の言葉に一瞬ざわついた。
ロングのストレートヘアは、紗耶香のトレードマークだ。
そうじゃなくても、紗耶香に向けてそんな事を言う人間など、この学校内にはいない。
少なくても、今まではいなかった。
紗耶香は青年の言葉を理解できず、キョトンとしたまま固まってしまう。
そして
気付いた時には、すでに青年はいなかったのだった……。
☆☆☆
「やだな、遅くなっちゃった」
夜の12時をまわろうとする時間、飯田昌代(イイダ マサヨ)25歳は、薄いブルーのワンピースに高いヒール姿で夜道を急いでいた。
アルバイトをしている風俗店からアパートまでは、徒歩10分ほどの距離。
普段はもう少し早い時間に帰る事ができていたけど、この日に限って遅くなった。
近場なので送ってもらうのも悪く、断ったのだが、こんな事なら甘えておけばよかった。
働いているキャバクラはネオン街の1番隅の店なので、そこからはずれるとあっという間に明かりは途切れる。
まるで、ここから先は立ち入り禁止。
とでも言われているように、人の姿もパッタリと途切れるのだ。
そんななか、若い女が1人で歩いているのだから、怖いのは当たり前だ。
茶髪で、強いパーマをあてた髪だけが、暗闇のなか月明かりでキラキラとやけに綺麗に光っている。
歩くたびにフワリフワリと揺れる髪に……
誰かの指がソッと触れた。
「キャッ!?」
髪を触れられた感覚に悲鳴をあげ、振り返る。
しかし、そこには誰もいない。
ただ暗い路地が続いているだけで、ノラ犬やノラ猫の姿さえ見えなかった。
昌代は軽く身震いし、更に早足で歩き出した。
アパートまであと数十メートル。
見慣れた建物は、もう目の前だ。
早く。
早く。
早く。
早く。
一刻も早く、アパートへ逃げ込みたい。
そんな思いから、昌代は走り出した。
早く。
早く。
早く。
早く。
それでも何かの気配を感じるのか、たまに振り向いてはバランスを崩し、こけそうになる。
早く!
早く!!
早く!!!
早く!!!
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