第20話

☆☆☆


 蒸し暑いプレハブ小屋の中、冬我は甘いコーヒーに舌鼓を打っていた。



 今日は朝から出かけていたのだが、妙に気分がよさそうに表情を緩ませている。



 鼻の下は妙に伸びていて、ゲジゲジの眉毛はハの字に下がり、口元はヘニャヘニャと開けっ放し。



「気持ち悪いんだよ」



 と、突然聞こえてきたネコの声に、ハッと我に返り顔を引き締める。



 気付くと、いつの間にか目の前にネコがいる。



 その後ろには前にここに来た青年と、写真でしか見たとこのない少女の姿。



 冬我は慌てて立ち上がり、


「帰ったなら一言そう言いやがれ!」


 と、真っ先にネコに怒鳴り散らす。



 緩んだ顔を見られてしまって恥ずかしいのだ。



「言ったけどおっさんが気づかなかっただけだ」



 冷たく言い返すと、冬我が座っていたベッドにドカッと腰をかける。



 ネコに促されて、幸也と紗耶香も適当な場所へ腰を下ろした。



「なんだなんだ、合コンか?」



 若者ばかりが集まっている見慣れぬこの光景に、冬我がネコをつつく。



 もちろん、冗談で言っているのだが、ネコは、


「これが合コンに見えるなんて相当なバカだな」


 と、表情ひとつ変えずに言い返した。



「わかってらぁ、事件のことだろ、事件の!」



 ネコにからかわれているだけなのに、ついムキになってしまうのは冬我の弱点

だ。



「あの……」



 わけもわからずこの場所まで連れてこられた紗耶香が、おそるおそる二人の会話に割って入ってきた。



「なんだ?」



 ネコが意外にもすぐに返事をしてくれて、ホッとしたように口を開いた。



「ここって、なんなんですか?」



「事務所だけど」



「事務所……?」



 適当な説明しかしないネコに、幸也がわかりやすく説明をしてやることにした。



「ネコの能力で仕事をしてるんだよ。ここは幽霊に関する探偵事務所ってこと」



「探偵事務所……。そんなものがあったんですね……」



 物珍しそうに何度か頷いたあと、紗耶香は何かに気付いたように、


「あっ!」


 と、声を上げた。



「今度はなんだ?」



「仕事ってことは、お金取るんじゃないですか!?」



 その言葉に冬我が、


「譲ちゃん、そんなの当たり前だろう。金取らなきゃどうやって生活してくんだ」



 と、豪快な笑い声を上げた。



「安心しろ。金は俺の親父が出すことになってる。


元々事件の手伝いを頼んできたのは親父だからな」



 と、幸也は言った。



「でも……」



「そんな事より、本題へ入ろう」



 金銭的な問題を気にする紗耶香を尻目に、ネコが一枚の紙を手渡した。



 それに視線を移すと、『幽霊の携帯電話』と大きく書かれていて、その下には『携帯電話』に関する様々な噂が載っていた。



「はじめに、俺が親父の仕事を手伝うキッカケになったことから、君に話そうか……」



 幸也は、殺害現場での出来事を細かく紗耶香に話して聞かせた。



 第一発見者がうわごとのように呟いていた『携帯電話』。



 それが一体何なのか、調べる事を押し付けられたこと。



 そして、前からネットを通じて知っていた、この『三つ目探偵事務所』へ足を運んだこと。



「霊安室で言っていたことは本当だったのね」



『事件事態はもちろん父親が動きます。俺は事件の見えない部分を頼まれたんですよ』



 幸也のその言葉の意味も、ここになってようやく理解できた。



 しかし、まだわからないことはある。



「どうしてお姉ちゃんが殺される前に、うちの専門学校へ来たの?」



 その言葉に幸也は、


「専門学校……?」


 と、首を傾げる。



「ほら、私の髪があなたのボタンにからまって……。


もしかして、忘れてたの?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る