第36話

 興味深そうな返事をする新田に、幸也はニヤリとした笑みをみせた。



「父さんは、今から10年前の事件を覚えている?」



「10年前?」



「あぁ。戸部奈々子が殺された事件」



「戸部奈々子……」



 その名前に新田は眉間にシワを寄せて考え込んだ。



 今まで何十件という殺人事件を関わってきた。



 その中から一つの事件の記憶を掘り起こすことは簡単ではない。


「まだ犯人が捕まっていないハズだ」



「それと、今回の事件を関係あるのか?」



「その可能性はある。もしかすれば、同一犯の可能性も」



「待て。


10年もたってまた同じ罪を犯すとは思えない。だいたい、今まで逃げ切っていたならわざわざ目立つ行動はしないはずだ」



「俺も同じ意見だ。けど、どんな可能性も見逃しちゃいけない。そうだろ?」


 つい最近幸也へ言った言葉をそのまま返されて、新田はしかめっ面をした。



「で? その事件の資料がほしいのか?」



「そう言うこと」



 そう言い、幸也は一つ頷いた。



「わかった。そのかわり署まで送ってけ」



 そう言うと、二人は四人乗りの車に無理矢理乗り込み、車を走らせることとなった……。


☆☆☆


 新田は助手席のネコと、後部座席に並んで座っている冬我を交互に眺めた。



こいつらが幸也の捜査に手を貸している連中か。



まともな連中には見えないな。



 心の中でそんな事を思っていたら、その思いを見透かしたように冬我がニッと笑いかけてきた。



 新田は一つ咳払いをして、冬我から目をそらす。



 その時、今まで無言だったネコが話しかけてきた。


「いいんですか?」



「は?」



「この車は四人乗りですけど」



「あぁ、まぁ大丈夫さ。俺はこの車が四人乗りだとは『知らなかった』それでいいじゃないか」



 その言葉にネコは鼻で笑い、「そんな事を言うなんて、警察も人間味があるんですね」と言った。



「当たり前だ。俺は人間だ」


「俺は、一番人間味のあるものは魂だと思ってます」



「魂?」



「そう。人間は心臓が止まると死ぬ。だけどそれは入れ物がなくなるだけの話だ。


最後に残るのは魂だけ。つまり、人間の最終的な形はみな魂」



「はぁ……」



 ネコの言っているわけがわからず、新田は首を傾げた。



 と、その時、「あれ?」



 新田が何かを思い出したように眉間にシワをよせ声を上げた。



「なに?」



 幸也が聞く。



「俺は何か忘れてないか?」



「忘れ物か?」



「いや……。思い出せないから、きっとたいしたものじゃないだろう」


☆☆☆


 コンビニから戻ってきた藤堂は、誰もいなくなった『未来』の前で困ったように立ち尽くしていた。



「新田さん? どこですか?」



 まさか、忘れられただなんて思わない藤堂は何か起きたのではないかと不安になっていた。



 しばらく店の近くをウロウロと歩きまわり新田の姿を探す。



 しかし、雨は一層につよくなるし、誰の姿も見つけることはできなかった。

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