第40話

 古臭いパソコンが、メールの着信を知らせる音らしい。



 しかし、新田では使い方がわからない。



「藤堂のヤツ、早く戻ってこい」



 自分がその場で置き去りにし、それに気づいても歩いて帰ってくるだろう。


 なんて言って迎えにも行かなかったくせに、新田はそう言って舌打ちした。



「見ても構わないなら俺が手伝うけど」



 そう言う幸也に、新田は素直に甘えた。



 マウスを使ってメールボックスを開くと、そこに見慣れた件名の名前があった。



『調査依頼』



「……おいネコ。奈々子は、携帯電話を持ってたのか?」



「おそらくは。時代が時代だから、持ち始めて日は浅かったかもしれない。



が、一緒に暮らしているおっさんに内緒で持たなければならない理由と、事件後携帯電話の存在が消されている理由があるはずだ」



「そんな……」



 信じられない。



 そんな表情でネコを見つめる。



「事件のカギは必ずそこにある」



 ネコはそう言いきった。



「これは……」



 何度も見たことのあるそのメールに、幸也が驚いたように目を丸くする。



 そのメールを開くと、捜査内容と共にサークルで使われているオルフェウスのロゴが現れる。



「あぁ、そのサークルからのメールか」



 そう言う新田に、「どういう事だ? なんでこのサークルに入会してる!?」と、険しい表情になる。



 自分が参加しているサークルに、父親も参加していた。



 しかも、会社のパソコンでだ。

☆☆☆


 耳元で、むなしいコール音だけが鳴り響く。



 それでも、幸也は携帯電話を切らなかった。



 隣では新田がサイレンを鳴らしながらパトカーを運転している。



「出たか?」



「いいや」



 この会話も、もう五回以上はした。



 ずっと藤堂の携帯電話でコールしているのだが、一向に出る気配はない。


「幸也、そう怒るな」



「別に怒ってやしないさ! ……ただ」



「ただ?」



 幸也は、B・P専門学校に通う沙耶香との出会いと調B・P専門学校への調査依頼がほぼ同時期に来たことを思い出す。



 なんのつながりもないかもしれないが、心の芽生えた疑心の念。



 それから、どこかでずっと引っかかっていたのだ。



「警察は……いや、俺はこのサークルのオルフェウスという人間を疑っている」


「どこにいる……」



 そう呟く新田の額から、汗が流れ出た。



 普段は失敗ばかりで、ドジでどうしようもない部下だけど、いなくなってしまうと困る。



あの時置いて行かなければよかった!



 と、やっと後悔の念が押し寄せてくる。



 でも、今更そんなこ事を悔いても仕方がない。



 新田は、命一杯アクセルを踏み込んだ。



「くっそぉぉぉぉぉぉ!!!!」



 雨の上がらない街の中、新田は吠えた――。


 ハッキリとそう言いきった新田に、幸也は言葉を無くす。



「なぜわざわざ飯田昌代が殺害されたときに、飯田沙耶香の通うB・P専門学校への調査依頼を出したんだ?」



「それは、ただの偶然だ」



「幸也、お前は昔からオルフェウスを知っている。だから、ついかばおうとするんだ」



 その言葉に、幸也は軽く頭痛を覚えた。



 顔をしかめ、こめかみに指を押し当てる。

☆☆☆


 一方、ネコはパソコンの電源を落とし、ある仮説を立てていた。



「金のない戸部奈々子が、どうやって携帯電話を使用していたか」



「奈々子は、午前中アルバイトをしていた」



「なんの?」



「近所の喫茶店のウエイトレスだ。その中から、月数万は俺に渡してくれていた」


 登録時のチカチカと光る画面が脳裏に浮かぶ。



 赤、青、黄、緑……。



 チカチカと点滅する中に、一瞬だけ見え隠れする文字。



「俺は……オルフェウスの忠実なる信者だ……」



 頭をかかえてうめき声を上げるように、幸也はそう言った。



「幸也?」



 新田が、驚いたように目を丸くする。



 赤、青、黄、緑。



 赤、オルフェウスは、黄、緑。



 絶対的な、青、黄、緑。



 赤、青、黄、神である。



《オルフェウスは、絶対的な、神である。



このサークルに入会するものは、オルフェウスの忠実なる信者である》



 フワリと浮き上がるようなメマイと共に、幸也はその場に崩れ落ちた……。




 ネコは一つ頷き、


「アルバイトの金が月6万前後だったとして、その中の数万をおっさんに渡す。



残りの金は自由に使うといっても、しれてるだろう。



たった2、3万程度で衣食住と月々の携帯代金が払えるとは思えない」



 と、可能性を消した。



 冬我は、何も言わない。



「だとすると、他に支援者がいた可能性がある」



「支援?」



「あぁ。



戸部奈々子は金がなかった、飯田昌代は頼る人間がいなかった。



それぞれに欠けたものを補ってくれるような人物がそこに存在したかもしれない」

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