第23話

冷や汗が額に浮かび、目はネコの手の中の携帯電話に釘付けになる。



 ネコは助手席のドアを開け、


「これは君のだ」


 と、見覚えのある携帯電話を手渡してきた。



「……どうして?」



 この携帯電話は、昨日山の中に落としてしまったハズだ。



 家に帰ってからその事に気付いていたが、すぐに探しに行く事ができなかった。



 誰かに見つかって悪用されるのが嫌で、今日の朝解約だけしておいたのだ。


「その携帯電話から強い霊気を感じる」



「霊気?」



「あぁ。だけど気配はない」



 そう言ってから、ネコは軽く眉間にシワを寄せた。



「どういうこった?」



 冬我が聞く。



「その携帯電話をここまで持ってきたのは霊の仕業だ」



「なるほど、お知らせってヤツか?」



「恐らくそういうことだろう。


霊がわざわざここまで携帯電話を運んできとすれば、それには理由があるハズだ」



「理由って?」



 沙耶香が青ざめた表情のまま、ネコを見る。


「そう、例えば……。


俺たちの探しているものが、すぐ近くにあるとかな」



 言いながら、ネコは視線を近くの山へと移した。



 そして、そちらを指差しながら


「ちょうどあの山を越えれば、《幽霊の携帯電話》の噂が立った地域に入る」


 と言った。



 ただし、山のふもとには立ち入り禁止のたて看板があり、そうじゃなくても車で通れるような塗装された道ではない。



 幸也は車を路肩に止めて、エンジンを切った。



「どうするんだ?」



 全員が車を下りた後、道の通じない山の手前で幸也は腕組みをする。



 迂回するとすれば相当な時間がかかる。



 山の向こうまで行くのに日が暮れてしまうかもしれない。



「そうだな……この携帯から感じる霊気を信じるしかないだろう」



 ネコはそう言い、沙耶香の手の中にある携帯電話を指先で叩いた。



「信じる……?」



「そう。


この霊気が君のお姉さんのものであれば、山へ入っても簡単に抜けられるはずだ。



だが、そうじゃなければ悪い霊が俺たちをハメようとしているのかもしれない。



その場合は、最悪なパターンも考えておくんだな」


「最悪なパターン?」



 聞き返している沙耶香を無視して、それだけ言ったネコはさっさと歩き始める。




 冬我はようやく火をつけることができたタバコに満足なのか、何も言わずにネコの後を着いていく。



「ね、最悪なパターンって?」



 仕方なく、隣に残った幸也に尋ねる。



 幸也は軽く肩をすくめて、


「知らない方がいいんじゃないか?」


 と言ったのだった……。


☆☆☆


 幸也たちが歩いて山道へ入りかけた時、ちょうど時計は昼の12時を指していた。



 警察もお弁当を広げてちょっと一休み、の時間帯。



 藤堂は、朝から楽しみにしていた出前の牛丼を目の前にして唾液が一気に溢れだした所だった。



 胃の中はほとんど空っぽで、肉の香りでグルルルと悲鳴を上げる。




 ドラマの《食いタン》の影響でマイ箸をいつも懐に忍ばせて歩いていることは自分だけの秘密だ。


 シャキーンッ!



 と、バッチリ効果音まで自分で付けて、


「いただきます」


 と、おきまりのセリフ。



 そして一口、口に運ぼうとした瞬間――。



 バタンッ!!と、ものすごい音と同時に、


「藤堂!! 行くぞ!!」


 と新田の怒鳴り声が耳をつんざいた。



「は……はい!?」



 突然のことで目を見開き、持っていたマイ箸を床に落としてしまう。



あぁぁ! お気に入りの金粉箸がっ!



 と、慌ててしゃがみ込んで取ろうとした所を新田が勢いよく踏みつけた。

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