第22話

 沙耶香がキョトンとして聞くと、ネコが、


「ここまでわかったら、とりあえず噂の地区へ行ってみるしかないだろう」


 と言った。



「そうだな。


捜査は足からだ」



 と、幸也がもっともな事を言い、立ち上がる。



「あっ! ちょっと待ってよ!」



 1人出遅れた爽香が慌てて立ち上がり……なにかにつまづいてこけた。


☆☆☆


 冬我の運転はお世辞にも上手だとはいえなかった。



 赤信号を当たり前のように突破するし、この車にはブレーキが付いていないのかと思うほどスピードを出す。



 助手席のネコは慣れているのか涼しい顔をしているが、後部座席の二人はさっきから遠心力で振り回されっぱなしだ。



「私、酔ったかも」



 沙耶香が青い顔をしてそう言えば、


「この運転で酔わないヤツはいない」


 と、全く酔っていなさそうなネコがシレッと言う。


 結局、10分ほど走っただけで車はコンビニに止まり、運転手は幸也へとバトンタッチすることになった。



「譲ちゃん、このくらいで酔ってたらネコの隣には乗れねぇぞ」



 冬我はそう言い、ガハハと豪快な笑い声を上げる。



 どうやら、ネコの運転は更にすさまじいらしい……。



 幸也の安全運転で沙耶香の酔いが冷めかけたとき、後部座席で


「今日はやけに機嫌がいいみたいだな」


 と、ネコが隣に座っている冬我へ向けて行った。


「あぁ?」



「鼻の下が伸びきってる」



 そう言われて、慌てて鼻の下を撫でて確認する。



 ネコは腕組みをして目を閉じ、


「何か良い事があったのか?」


 と質問を続けた。



「……あぁ。まぁな」



 その返事に、ネコは微かに口元を緩めて、微笑んだ。



 言葉にしなくても『いい事』が何かのかわかる、暗黙の了解。



 そんな雰囲気だった……。


 車を走らせること約1時間。



 昌代の遺体が発見された山を通り過ぎ、都会からすっかり姿を変えた田舎道が続く。



 沙耶香は窓を開けてその綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込み、


「こんなところがあったんだ」


 と言った。



「東京と聞くと都会なイメージばかりあるが、狭い県内でも探せば田舎があるもんだ」



 火のついていないタバコをくわえたまま冬我が答える。



 車内は禁煙らしい。



「どこかその辺で止めてくれねぇか? ヤニが足りねぇ」



「あと少しでつくんだから我慢しろよ」



 そうネコに言われると、


「1時間も我慢したじゃねぇか!」


 と両手で頭をかきむしる。



「タバコは百害あって一利なしですよ」



 と、運転手の幸也も車を止めてあげようなんて気持ちはさらさらないようだ。



 助手席の沙耶香は楽しそうに笑い声を上げる。



 年下のガキ共に完璧からかわれているのがわかったのか、冬我はムスッとした表情のまま窓の外へ視線を移した。



 外に続く景色は山、川、田んぼ。それの繰り返し。



 時折見える線路が自分たちを目的地へと導いているかのように、ずっと先まで続いている。



 そんな景色をヤニの足りない頭でボーッと眺めていると、突然車が急ブレーキをかけて止まった。



 ボーッとしていた冬我はふんばりがきかず、運転席の後ろで派手におでこをぶつけてしまう。



「なんだ!?」



 と、怒鳴ったところで……、



他の3人が車の外の何かに視線を集中させている事に気付き、後部座席から身を乗り出してフロントガラスの向こうへと目を向けた。



「……携帯電話」



 冬我は、目に映ったものの名称を素直にそのまま口に出した。



 その瞬間、沙耶香が一瞬小さな悲鳴を上げた。



 見ると、顔が真っ青である。



「おい、どうした?」



 道端に携帯が落ちているなんてこと、最近じゃそんなに珍しいことではない。



 確かに、今は《幽霊の携帯電話》なんて噂のある地にいるけれど、何をそれほど怖がることがある?



「大丈夫か?」



 沙耶香の、普通ではないおびえ方に、幸也が声をかける。


 その時、ネコが車を下りて携帯電話へと歩いて行った。



「……っ!」



 青ざめたままの沙耶香は声が出ない。



 ネコが携帯を手に取り、汚れを払っているのが見える。



 携帯電話は二つ折りで、薄いグリーンをしている。よく、見覚えのある形だった。



 電源が入るかどうか確かめながら、こちらへ近づいてくるネコ。



 沙耶香の呼吸が荒くなっていく。



 苦しいのか、時折大きく吸い込んでは小さく小刻みに吐き出す。

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