第25話

「俺のことなら気にするな」



 背中を向けたまま、ネコがひとことそう言った。



 その言葉に冬我はあからさまに眉をよせて、


「背中に目がついてるようなヤツだな」


 と嫌味を投げかけた。



「歩きながら話そう」



 そう言うと、立ち止まっていた三人はようやくネコの後を追いかけた……。


☆☆☆


 それは、俺が丁度25歳のときだった。



 そう、殺された飯田昌代と同じ年齢の時だ。



 たった一人の家族である、妹が殺された。



 どうして、誰に、どうやって。



 そんな事はどうでもいい。



 元々孤児院で育った俺には両親なんかいやしねぇ。



 妹って言っても、施設で仲良くなった後輩のことなんだ。


 18になってすぐに働き口を見つけた俺は、なんの未練もなく施設を出た。



 なんせ、その施設にいる奴らはロクなもんじゃなかったからな。



 イジメ、差別、偏見。



 そんなものの上に立たされていたせいか、休まる時間は全くといっていいほどなかった。



 少し気を抜けば暴力と暴言が降りかかってくる。



 もちろん、それは俺がいた施設での話しだから、他のところがそんな場所ばっかりってわけじゃぁねぇ。


 一人暮らしを始めた俺は、一年くらいは無我夢中で働いた。



 それがな、楽しいんだよ。



 学校に行くよりも大変な仕事をしてるくせに、施設に帰らなくていいってだけで、毎日毎日浮かれてたんだ。



 遅咲きの青春。



 そんなもんだ。



 でも……。



 仕事や生活が順調に行けば行くほど、施設にいる妹の事が気になってきた。

気にする余裕が出てきたんだ。


 妹は俺の四つ下。



 妹が18になったのは、俺が22の時。



 あぁ。



 もちろん、仕事を休んで施設へ迎えに行ったよ。



 できれば、一緒に暮らしたいと思ってたからな。



 妹は仕事が決まっていなかったらしいが、そんな事は気にしねぇ。



 俺が働いてるんだ。



 俺がなんとかしてやりゃぁいい事だった。



 22歳の安月給でなにぬかしてんだ。



 と、今なら言えるがな。



 ……そう、今ならそう言って、止めれたんだがな……。



 九流冬我25歳の、夏。



 暑い暑いといいながらも、今のように狂ったような暑さではなく、貧乏でアエコンが買えなくても耐えられる暑さの日。



 セミの鳴き声は激しいが、時折計ったかのようにピタリと静かになり、再び思い出したように一斉に鳴き始める。



 そんなセミの鳴き声に耳を傾けながら、戸部奈々子は冬我の帰りを待っていた。



 冬我より4つ年下の奈々子は、今日でちょうど21歳の誕生日を迎える。


 小さな六畳一間のアパートで、バースデーケーキもなく、豪華な飾りつけもない。



 けれど、ここで迎える3年目の誕生日だった。



 特別なものは何一つないけれど、何もない日常が奈々子にとっても冬我にとっても、一番大切なものだった。



 当たり前の生活を、当たり前に手に入れることができなかった幼少期。



 親という存在にどれほど恋焦がれても、その存在がどんなものかもわからないから、想像することさえできなかった。



 浮かんでは消え、浮かんでは消える「家族」の想像図。



 その想像は虚しいほどに薄っぺらく、悲しいくらい幼かった。


 そして、運命の時間。



 時計の針は冬我が会社から帰ってくる6時を差していた。



 残業などほとんどない会社だから、毎日この時間にきっかり帰ってきてくれる。

今日も、そうだと思っていた。



 いつもと同じ日常。



 いつもと同じ笑顔。



 そう、すべてがいつもと同じ……ハズだった。

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