第3話
「で、今回の事件で俺を呼んだ理由は?」
2人の後ろから、藤堂のようにヒョロリと背が高く、けれど新田のように体つきもたくましい若い男がやってきた。
「おぉ、幸也来たか」
その姿を見るやいなや、新田は口元だけに笑みを見せて遺体のそばから立ち上がった。
見慣れない顔の青年に藤堂は眉を寄せて、不審そうな視線を送る。
そんな視線に気付いたのか、青年は細い釣り目を藤堂へ向けた。
「ども。新田幸也(ニッタ ユキヤ)、19です」
青年は無愛想に一言そう言い、軽く頭を下げた。
新田!?
その名字に慌てて立ち上がり、
「と、藤堂勇気です」
と、頭を下げる。
そう、この青年は新田の1人息子なのだ。
2人の自己紹介もそこそこに、さっそく新田は本題へと入った。
「お前、《幽霊の携帯電話》って知ってるか?」
「幽霊?」
幸也はそう聞き返しながら、死体の横に膝をつく。
「あぁ。第一発見者がうわごとのようにずっと呟いてんだよ」
第一発見者。
その言葉に、幸也は死体から顔をあげ、周囲を見回した。
ここは、深い山の中だ。
被害者は、やはり犯人によってここまで連れてこられたと簡単に推理できるが、
発見者はなぜこんな山に入り込んだのか……。
「話を聞こう」
興味を持った幸也は、すぐに立ち上がったのだった。
☆☆☆
「幽霊の携帯電話ねぇ……」
発見者の男から一通り話を聞き終えた幸也は、右手の人差し指をこめかみに押し当てて、つぶやいた。
夜、家へと帰る道を歩いているとピンクの携帯電話が目に入った。
なんでこんな場所に?
そう思い手を伸ばした瞬間、携帯電話はフワリと浮き上がったそうだ。
そして、携帯電話はゆらゆらとした残光を残しながら、ゆっくりと山へと向かって行った。
発見者は、それに導かれるようにしてここまで来たというのだ。
「本当だ、本当なんだよ!」
必死に説明を続けていた発見者が、幸也の肩をわしづかみにして訴えた。
「誰も嘘だなんて言ってないでしょう。
あなたの話はわかりましたから」
『わかりました』と言いながらも、突き放すような冷たい口調に、男はグッと唇を噛み締めて押し黙ってしまった。
「どう思う?」
隣で一緒に話を聞いていた新田が、口を開いた。
「どうもこうも。
これは俺が担当する分野の話じゃない」
「そんな事わかってる。
だけどな、警察はこんな馬鹿げた証言に付き合ってられないんだよ。
幸也、お前はまだ警察の人間じゃない。
身に染みてわかってるはずだろ?
どんな小さな可能性でも見逃せない、捜査の大切さを」
新田にそう言われて、幸也は軽く唇をすぼめた。
将来、父親と同じ警部を目指している手前、証言者の情報を聞き流す事など元からできない。
「可能性を見逃すと、また失敗するぞ」
その言葉に、幸也の表情が変わった。
遺体を見ても眉をピクリと動かしただけだったのに、今度は眉間にシワを寄せ、口はへの字に曲がっている。
「専門学校の潜入捜査、失敗したらしいな」
楽しそうに言う父親に、幸也は更に表情を苦痛にゆがめた。
「わ~ったよ! 手伝ったらいいんだろっ!」
吐き捨てるようにそう言い、幸也は父親と同じようにガシガシと頭をかいたのだった――。
☆☆☆
父親に捜査の手伝いを頼まれた幸也は、気分がすぐれないまま自宅へと戻っていた。
2階の部屋は西日が当たり、午後からの方が室温が高くなる。
そんな中、幸也は机の上の紙に視線を落とし、大きなため息をついた。
小学校を入学した時から使っている、古ぼけた勉強机には六法全書など難しそうな本がズラリと並べられ、
その横には半透明のブルーのファイルが見えた。
ファイルの表紙には赤文字で《捜査書》と無造作に書かれていて、ルーズリーフが何枚も挟まっている。
そして、机の上の紙には赤い文字で《捜査失敗》と大きく書かれていた。
幸也はその文字に軽く舌打ちしてから、その紙にもう一度目を通しはじめた。
《捜査依頼書
七月某日。
東京○○区にあるB・P専門学校への潜入捜査を依頼する。
捜査内容。
B・P専門学校内にいる生徒を一人見つけ出せ。
その生徒は悪魔である》
紙に書かれている内容は、ただそれだけだった。
生徒の性別も名前も、外見的な特徴も何ひとつ書かれていない。
これだけで探し出せ、と言われても無理難題。
けれど、依頼が来たからには動かないわけにはいかなかった。
専門学校なんて、小学校から高校までとは違って、一般人が出入りしていてもたいてい気付かれる事はない。
なので、専門学生と同年代の幸也が潜入するところまでは何の問題もなかった。
しかし……、案の定生徒を探す事が出来ず、捜査は失敗。
幸也は紙をクルクルと丸めて、視線を宙に泳がせた。
「幽霊に、悪魔か……」
幸也は、ネット上のある人物を思い出していた――。
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