第48話 風呂

 人の家、それも女子の家の風呂に入るというのは罪悪感が……って、何回言ってるんだ。今日は社会的に殺されそうな事が多すぎるな。

 シャワーで頭を流し、シャンプーを手に付けようとしたが、


「どれ使えばいいんだ?」


 目の前には明らかに女子が使う黄色の容器のシャンプーと、明らかに女子が使うピンク色の容器のシャンプーと、誰用なのかも分からない水色の容器のシャンプー。

 女子のを使うのは流石にダメか、とも思ったが、誰のかも分からないシャンプーを使うのもダメか、という思考にもなる。

 うーん……うーーん。


「シャンプーなら、ピンク色のやつ浸かっていいよ。それ私のだから」


 と、シャワーを頭に当てながら悩んでいると扉の外から日彩の声が聞こえてくる。

 きっと、花梨さんに言われた俺の服を届けに来たのだろう。

 外に女子がいるというのは慣れないが、その答えは非常にありがたい。


「ありがとうだけど、本当に使っていいの?」

「いいよ。まだ入ってるでしょ?」

「まぁうん」

「ならいいよ。好きなだけ使っちゃって」


 それだけを言い残した日彩は、洗面所の扉を開けて去っていった。

 振った相手と同じ匂いになるのはいいのか?って聞こうと思ったんだけど、聞いたところでだしな。

 使っていいよと言われたのなら素直に使うのが一種の優しさなのかもしれない。


 ピンク色のシャンプーを手にワンプッシュした後、手のひらに広げて頭で泡を立てる。

 この時間、すっごい虚無なのは俺だけなのだろうか。

 何も考えず、かといって手は止めることはなく、ただただ泡を立てて頭皮を洗う。

 恋愛とかしてたらこの時間にも何か考えるのだろうか?

 ……俺がしてた時も、考えてなかった気がするけど。他の人はどうなのだろうか。


 シャワーで髪の毛についた泡たちを洗い、次にピンク色のリンスを手に付け、髪の中間部分から毛先にかけてつけてサッと流す。


「ふー」


 体も洗い、今日一日の疲れをお湯で流すように肩まで浸かる俺は、自然とそんなため息が出てしまう。

 お湯に浸かるなんて何日ぶりだ?

 節約のためにシャワーだけで済ませてたなぁー。


「岩瀬君どうー?いい温度ー?」

「ちょうどいい温度っすよー」


何をしに来たのか、花梨さんがドアの前で話しかけてくる。

一応シャワーを片手に取った俺は楽な姿勢のまま言葉を返す。


「ならよかったー。私も入っちゃおっかなぁ~」

「今ちょうど、俺の右手にはシャワーがあるんですよね」

「なんか気が変わっちゃったみたいだからそろそろ行くね~。ゆっくり浸かっていいからね~」

「ありがとうございます」


 危機感知能あってよかった……。

 割と自分からグイグイ来るくせに、下がるときはすっごい速い花梨さんを追い出し、シャワーを元あった位置に戻す。


 もしかして、かなりの男たちにこんなことをやってるから引き時というやつを分かってるのか?

 それなら尚更たちが悪いぞ。

 洗面所の扉が閉まる音がし、出て行ったことを耳で確認した俺は気を取り直してもう一度大きなため息を吐いて疲れを飛ばす。


 ホント疲れたな。

 というか、日彩の様子がおかしすぎたな。

 昨日と今日で性格が変わった気がするし、どこか積極的になった気もする。

 ただの俺の気のせいかもしれないが、今まではツンツンだったのか、今ではメンヘラになったような……。


「……分からん」


 なぜメンヘラ風なふるまいをするのかとか、なぜ積極的なのかとか、色々日彩について分からないことが多すぎる。

 もちろん、日彩の好きな食べ物や好きなこと、好きな場所や好きな料理は知っている。

 そして性格も分かっているつもりだった。

 俺が話しかけたら毎回のように目を細めて突き放そうとしてくる。けど、その割には楽しそうに話す。

 本当にツンデレって存在するんだなっていう感想を持ってたんだけどな。

 まぁ結局、日彩はツンだけでデレはなかったのだけれども。


「あ、てか明日もバイトだ」


 コロコロと自分の中で話題が変わり、日彩のことなんて後回しに考える俺はさらに楽な姿勢を取った。

 今日の遊びで完全に忘れてたけど、休みなのはこの日曜日だけじゃん。

 明日は何時からバイトだっけ?


 分からない日彩のことは一旦置いといて、俺は明日のことについて考え始める。

 明日は確か、泊まった翌日だから少し遅めの10時に入れてた気がする。


「10、11、12……20、21、22時までかな?」


 お湯から指を出して数え、数え終えるとまたお湯に指を鎮める。

 シフトを遅く入れた分、遅くまで働かないとどうせお金は足りないだろうしな。

 たかが12時間ぐらい、社畜の人と比べたら大したことないよな。多分。


 実際に働いたことがないから全くわからんが、残業とか込みしたら12時間ぐらい働いているんじゃないか?

 全く知らんけど。


 なんてことを考えていると、無意識に口からまたため息がこぼれた。


「…………今日の疲れはすごいな。早めに寝させてもらおうかな」


 そう思った俺はお湯から体を上げ、お風呂場から出てこれを使えと言わんばかりに置いてあるバスタオルで頭から拭き始めた。

 日彩が持ってきたであろう服は、シンプルな白の半袖と軽めの黒の長ズボン。

 花梨さんが買ってきたと言ってきたが、変な模様とか絵とかが描かれていなくてよかった。

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