第47話 した人がいた
食事中の会話は、今日は何をしたのか―とか、今日取った写真を見せてーとか、あの海でこんな綺麗な景色見るの初めてだ―とか、ほとんど花梨さんから始まった会話ばかり。
まぁ正直、日彩とも今日一日中話していたから特に会話の内容がなかったから、タイミングとしては良かった。
けど、会話ばかりで食事を全て平らげるのに、1時間ぐらいかかった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした〜。美味しかった?」
「すっごく美味しかったです」
「よかったぁ~。私の料理の腕が誰かに認められて嬉しいわぁ」
「これは誰でも認めますよ。俺が保証します」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない。私の家に住む?」
「ありがたく遠慮させていただきます」
お箸を置き、満腹になったお腹をさすりながら花梨さんとそんな会話をする。
いきなり家に住む?なんて言われたら、普通の人なら動揺するだろうけど、何度も言われた俺は慣れっこだ。
中学の頃も、日彩の家で遊んでいると花梨さんによく言われていたよ。
相当俺のことを気にいってくれているのだろう。
一緒に住んだらめちゃくちゃ金銭面的には楽なのだろうけど、彼女でもない人の家に住むことなんてできないし、俺にも母さんたちが残した家がある。
「えーいつもその反応じゃんかー」
「育ち盛りの男子高校生がいきなり来たら大変でしょう?」
「大丈夫!私が何とかして見せるから!」
「俺も大丈夫です。絶対に一緒に住むことはないですから」
「断言までしちゃうの!?」
「しちゃいました」
なんてことを軽い口で言い、チラッと隣の日彩に目をやった。
水を飲んでいるのか、口元にコップを当てたままの日彩はジッと俺と花梨さんを見ている。そして日彩の顔は膨れっ面のようにも見える。
今日一日中、俺が他の女性と話していると日彩はこんな目を向けてくる。
気にしないでおこうと思えば気にしないのだが、真隣で、それも嫉妬のような眼差しな気がして仕方がない。
「それじゃ、洗い物するから岩瀬君はお風呂でも入ってきなさいな」
「洗い物なら俺も手伝いますよ?料理までご馳走になりましたし」
「気にしない気にしない。料理くらいちょちょいのちょいよ」
「ちょちょいのちょいかもしれませんが、服も買ってくれているんですよね?」
「お金なんてポンポンお財布の中から出てくるんだから、気にしなくていいわよー」
「そんなわけないでしょう……」
そんなに俺に手伝ってほしくないのか?
こんなに良くして貰っているのに、何もしないというのは罪悪感が凄い。
もしかして、私の家に来たらこんなに楽なんだよーって言うアピールか?それだったら、なおさら嫌だぞ?
俺はヒモになるつもりはないし、人の家でグダグダする気もないぞ?
「ほーんとに大丈夫だから。今行かないと、私が一緒に入っちゃうよ?」
「それは――」
「――ダメ!!」
俺が否定しようとしたところに、喚きに近いような声で日彩が俺の言葉を遮ってくる。
思わず机に両腕をつける日彩を見やり「ど、どした?」と動揺しながら言葉をかける。
だって、いきなり後ろから、それも大声でなんて叫ぶ姿が想像できない人からの喚き声だったんだぞ?
俺はすっごいびっくりしたんだけど、花梨さんはそうでもないみたいだ。
……もしかして、普段から家では叫んでるのか?
「あ、いや?なんでもないよ?」
「それはないだろ……」
「まぁ、うん……何もないというのはうそ。私のお母さんと一緒に入るのはダメってこと」
あーなるほど。
自分のお母さんと男友達が一緒に風呂に入っている姿は見たくないわな。
もちろん俺も見たくない。母さんが俺の男友達と一緒に風呂入っているのを想像したら、気持ち悪いったらありゃしない。
「大丈夫。そんな心配しなくても花梨さんと入るつもりはないよ。入ってきたとしても、目にシャワー浴びせるから」
「岩瀬君ひどい!」
「ですかねー」
まぁ正直、顔だけ見れば20代前半ぐらいだし、胸もそこそこあるから入ってこられたら普通に男として反応しそうになる。
流石にそれ以上のことはしないけどな?友達の母親をそんな風に見る男がどこにいるかって話だ。
だから俺は目にシャワーを浴びせる。色々見せないためにもあるし、さっさと出て行けという意志も込めて。
「翔は流石に、私のお母さんにナンパしないよね?」
「ん?しないけど」
「よかった。これまでに、私の男友達のほとんどがお母さんを見た瞬間ナンパを始めたんだよね。だから、翔もそういう気持ちが一ミリでもあるのならボコボコにしようと決めてたんだけど、なさそうでよかった」
「え、こっわ。裏でそんなこと企んでたの?」
「企んでた。けど、気がないならボコボコにしないよ?」
「うん、今絶対にそういう気持ちを持たないって決めたから大丈夫」
洗い物をする花梨さんは「やん……!」と言いながら胸のあたりを抱くように隠し、俺を見つめてくる。が、当然今日彩に誓った俺は花梨さんを強く睨みつける。
そんな風に見る男なんていないと思ったんだが、今までにいたんだな。
いやまぁ、あんな態度を普段から取られたらそりゃ勘違いしそうにもなるし、ナンパもしたくなるだろう。
これはあれだな。花梨さんのせいだ。男たちも5割は悪いけど、残りの5割は分かっててやってる花梨さんのせいだ。
「そんな強く睨まないでよ~」
「……変なことするからですよね」
「セクシーでしょ?」
「セクシーではあります。ですが……いえ、なんでもないです」
「え?なに~?気になっちゃうな~」
「全然気にしなくていいっすよ。それでは、お風呂に入ってきますね」
「あ、逃げたなぁ~」
「はい、逃げさせてもらいます。それで服はどこにあります?」
「後から持って行くから、先にお湯に浸かっていいわよ~」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げると、クイクイっと日彩に袖を掴まれ、案内してくれるのかと思った俺は日彩の後ろをついていく。
……あっぶね。危うく年齢を考えてくださいって言うところだった。
これは流石に禁句過ぎるよな。
絶対地雷だろうし、絶対怒られる。
心の中だけで危ない危ないと汗を拭いていると、お風呂場前でピタッと動きを止めた日彩に首を傾げる。
「ねぇ翔」
「どした?」
「お母さんと何かあったの?」
「何かあったと言いますと?」
「なんか……すっごく距離が縮まったよね」
「あー確かにね」
言われてみれば、近くなった……のか?
中学の頃からあんなのだった気がするんだけど、日彩から見たらどこか違うところがあったのだろうか。
「……もう一度聞くけど、本当に狙ってないのよね?」
「振られた女子の母親を狙うわけがない。気まずすぎて日彩と目も合わせれんだろうな」
「ならよかった。ゆっくり浸かってね」
「おけーい」
なんてことを最後に返した俺は踵を返し、洗面所へと入り、扉を閉めた。
正直なぜ日彩があんなことを聞いたのか全く理解できないが、誰かがナンパしたという経歴がある以上、心配しなくてはならないのだろう。
それに、この日彩の様子を見るに多分、花梨さんが面白半分でやってることをまだわかってないな。
教えてあげてもいいけど、こっちの方が安全そうだし教えなくてもいいか。
上着を脱ぐ前にチラッと扉に目を向けて、誰もいないことを確認してから服を脱ぎ、お風呂場へと足を踏み入れた。
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