第45話 再度確認

 私って、こんなに翔のことが好きだったんだ。

 目を閉じた私はふとそんなことを考える。


 もし翔が東京に引っ越したら私、どうなってたのだろう。

 荒れてたのかな?それとも絶望してたのかな?

 もしかしたら行かないでって泣きついていたのかもしれない。


 さっき勝手に落ち込んだ私を見れば、そうなるんじゃないかと思ってしまう。

 けど、東京に行かないと知った今、私の中には二つの感情が沸き上がってきた。

 まず一つは翔が行かないと断言してくれた安心感。そして二つ目が、私ってこんなにも翔のことが好きなんだなという、再度確認できた嬉しさ。


 行かない理由で私を取り上げてくれたのも嬉しかったし、肩に頭を置いても何も言わずにいてくれるのも嬉しい。

 翔が私のことを受け入れてくれるだけで嬉しい。


 ……もしかしたら、私はメンヘラなのかもしれない。

 ただ素直に翔の事を思うと全て重い愛。好きな人が東京に行くなら、素直に見送ってあげるのがごく普通の愛だと思う。

 でもまぁ、翔が行かないと言ってくれてるんだし、気にしなくてもいいか。

 翔なら重たい私でも受け入れてくれるよね?


 そんな希望を心に抱き、翔の手を掴む力を少し強めて夢の中に落ちて行った。





 電車が目的の駅の一つ前で停止し、そろそろ起こさないとなと思った俺は、肩で眠る日彩を揺する。

 よくもまぁ、男子の前で、それも座ったままでこんな熟睡できるなと思うぐらい、何度揺すっても起きない。


「日彩?もう着くぞー」


 小声で日彩の耳元で呟きながら揺すると、きゅうりを背後に置かれた猫のように飛び起きた。


「お、おはよう」


 びっくりした……。

 俺の肩も日彩と同様に飛び跳ねる。

 挨拶したあともきょろきょろと周りを見る日彩。

 でも飛び起きたせいか、頭はまだ働いておらず、周りを見終わるとボーっと俺の方を見つめてきた。


「次で降りるぞ?」


 少し苦笑を浮かべながら言うと、コクンと頭だけ頷いて、また眠たそうに俺の肩に体の体重を預けてくる。

 まぁあれだけはしゃいでいたのだから疲れるのもわかる。けど、流石に無防備過ぎないか?

 俺一応振られた身だぞ?ごく一般人の男子高校生だぞ?そういうお年頃だぞ?

 いやまぁ変なことはしないけれども、少しぐらい警戒はしておいた方がいいと思うぞ?


 なんてことを思いながらも口にすることはなく、というか今言っても絶対に聞かないだろうから口にはせず、肩を揺するのをやめればすぐに寝そうな日彩を起こすのに専念した。


 案の定、日彩は目的のムーンポートに着いた時も目を瞑っており、なかなか起きようとしない。


「起きろー」

「……」

「起きないと行くぞー?」

「…………」

「俺、行ってくるぞー?」


 そう言い、脅し10割で日彩から手を放そうとした時だった。

 いきなり日彩の手に力が入り、立ち上がった俺を見上げて、


「ダメ、行かないで」


 と若干の涙目で言ってくる。

 ……?なんで?


 日彩の顔を見た俺の頭にはそんな感想しか出てこない。

 だって、少し脅してやろうと思って手を放そうとしただけだぞ?

 それで涙目を向けられるのは……かなり心が苦しい。


 脅しただけで涙目を向けられる罪悪感。寝起きだからか、少し表情が溶けて幼く見える日彩の顔。

 ……心が苦しい。

 なんで日彩は涙目で言ってくるのか、マジでわからん。

 けど、心が苦しいのに変わりはない。


「うそうそ。行かないから」


 日彩に手を差し出して優しく微笑みながら言う。

 どうやら信じてはくれたらしく、手を握って目元を服の袖で拭いだす。


 本気でこのままどっか行ってたら、本当に日彩泣いてたんじゃないか……?

 うっ、心がぐるじい!

 目には見えない手で胸を抑える俺は日彩を立ち上がらせ、電車を後にする。

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