第13話 母親

 すると、一瞬で日彩の母親――夢咲 花梨かりんの声がスマホ越しに聞こえてくる。


「あ、もしもし。岩瀬ですけども」

『岩瀬君!?どうしたのいきなり!』

「お宅の娘さんが、俺の家で寝てるんですけ――」

『一緒に寝てるの!?』

「……違いますけど」


 いつ聞いても、日彩とは真逆だな?

 声の声量も、声のトーンも、性格も全く違う。

 久しぶりだというのに、気まずさの一つも見せないのは……割と一緒か。


「まぁ、話し戻しますけど、お宅の娘さんが俺の隣で寝てるんですよね」

『ちょっとそれは大事件ね!今からそっちに行くわ!』

「はい?来る?ここに来るんです――』


 ツーツーという音がスマホから聞こえてくる。


 この時に、俺の脳内に思い浮かんだ言葉がふたつある。

 その内の一つが「はっや」という言葉で、もうひとつが、

 ……まさか、本当に来るつもりなのか?という、心配の言葉だ。


 そんなわけないか、なんて思いながらスマホの電源を消そうとすると『日彩の母親』という名前で電話がかかってくる。


「……はい」

『家ってどこにあるの!?』

「…………香川の――」


 かなり声がデカいから、耳からスマホを放して諸々説明する。

 なぜさっき聞かなかったのか、なんて答えは明確かな。

 相当焦ってるんだろ。可愛いわが娘が、男の家で寝てるんだぞ?流石に焦るし、心配もするだろう。

 俺が親だったら、めちゃくちゃ心配する。


 諸々説明し終わると、花梨さんは『今すぐ行くね!』という言葉を最後に、一方的に通話を切られた。

 さて、どうしようか。この感じ、本当に来そうだな。


「とりあえず、掛け布団ぐらいかけといてやるか?」


 そう思い、自分の部屋から掛け布団を一つ持って来て、そっと日彩にかけてやる。


 うん。まさか、元好きな人に掛け布団をかける日が来るとは思わなかった。

 それも自分のものを。そして俺の家で、だ。

 なんと不思議な光景だろうか。……いや、不思議すぎるなこの光景は。


 すると、日彩は掛け布団をぎゅっと握り、首元まで自分で持ち上げていく。

 ……可愛い――だなんては思わないけど!少し、昔の気持ちが蘇りそうだからまずい。

 この気持ちは捨てると――


 そのタイミングでインターホンが鳴り、俺の思考は一時的に停止する。

 モニターを見てみると、一言で言うなら美人が映っていた。


 これまた娘さんとそっくりな顔立ちに驚きそうにもなるが、かなり焦ってそうな表情が目立つからそんな暇もなさそうだ。


「はい、岩瀬ですけども」

『夢咲花梨です!』

「上がります?」

『上がります!』


 そのために来たんだもんな。

 インターホンの通話ボタンを終了を押し、玄関へと向かう。


「どうも、お久しぶりです」

「お久しぶりだねー。大きくなったねぇ」

「そっすかね」


 この人の距離の詰め方は、やっぱり慣れない。

 おかげで口調もおかしくなるし、半歩後ずさりしてしまう。


「それで、日彩はどこいるの?」

「案内しますね」


 俺の後ろを確認するように背伸びをする花梨さんを横目に、母さんのピンク色のスリッパを用意する。

 まさか、一日に二回も女性をうちに上げる日が来るとは……いやまぁ、色々と訳ありだけども。


 俺に差し出されたスリッパを、お礼を言いながら履いた花梨さん。

 俺はそのことを確認して「こっちです」と軽く指差しながら案内する。


 案内といっても、数歩の所にいるのだけれども。


「ここっすね。ぐっすりっすね」

「あらほんと。ぐっすりね」


 ソファーの前まで案内すると、これまた気持ちよさそうに寝ている日彩の姿。

 そんな彼女を目の前に、花梨さんはなぜか頬を緩めていた。


「なるほど、本当に一緒に寝てたのね!」

「いや寝てません。事実、俺が起きてるでしょう?」

「それはまぁ……確かに」

「そっすよね」


 頬を緩めたり、残念そうにしたり、この人の感情は激しくていいな。見てて面白い。

 けど、疲れそうだ。

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