第22話 重い自傷ネタ

 黙々とご飯を食べる翔の前で、私は思わず考え込んでしまっていた。


 ――何か言い訳を考えないと!


 という思考が私の中にずっといて、考えずにはいられなかった。

 確かに、好きでも付き合ってもない女子が、一人暮らしになる男子の家に晩御飯を作りに行くのは不自然だ。


 別に、翔にはこのまま「良心だ」とか「家が近いから」とか言ってもいいけど、誰かにバレたときの言い訳がこれだけじゃ軽すぎる。

 それだったら、もっと仲のいい男友達に作ってもらえばいいし、翔のことが好きということを大っぴらにしている女子が作りに来たらいい。


 いやまぁ!私も翔のこと好きだけど!


 一人でに心の中で悶々としていると、もう食べ終わりそうな翔が私に話しかけてきた。


「なにそんな悩んでるんだ?」

「もし、他の人にバレたときの言い訳をどうしようかなぁーって」

「あーなるほど。だから日彩も考えてたのか」

「それ、どういうこと?」

「言い訳何にしようかなぁー」

「……まぁいいわ。聞かなかったことにする」


 私も普通に考えるわよ!と言いたかったけど、何食わぬ顔で話を逸らしたせいで言えなかった。

 少し悔しい気持ちを胸に残しながらも、私は翔の案を聞くために白ご飯を食べながら耳を傾ける。


「――うん、バレないようにしよう。何も思い浮かばんわ」

「……頼りない」

「うっせー」


 こういう時の翔は本当に頼りない。

 けど、そういうところを私が補ってあげたい。

 だからもっといい案を考えたいのだけど……本当に何も思いつかない。

 私も、翔と同じ頼りない女なのかな?


 翔は何も言っていないのに、不自然に私の心の中には不安が募る。

 私の悪い癖かも知れない。

 誰も、何も言っていないのに、自分が勝手に言って勝手に落ち込む。

 これが本当のめんどくさい女よね……。


「ってどした?なにも思い浮かばなかったからしょげてるのか?」

「まぁ……そんな感じ?」

「ほへー。こんなことでしょげてたら、俺の人生なんて到底歩めないな!」

「……それ、自傷ネタとしては重すぎない……?」

「確かに。流石にやめとくか」

「うん、流石にやめときましょ」


 私の不安なんて一瞬で飛ばすほどの重さ……。

 不安がなくなって感謝という気持ちもあるけど、本当に自傷ネタとしては重すぎて、笑えない……。


 その後は、どことなく気まずい雰囲気が私たちの間に流れて、会話をすることはできたけど、弾むことはなかった。


 ――この自傷ネタは、絶対翔にさせないでおこう。

 そう心の中で深く刻み、私は翔の方をキリっと睨みつけた。


「な、なんだ?」

「さっきの自傷ネタ、一生封印ね」

「わーかってるって。ごめんって」

「分かればよし」


 その言葉で私は立ち上がり、翔の食器と私の食器を重ね始める。

 すると、翔も立ち上がり、二人分の茶碗を持って流しへと向かい始める。


「翔は休んでてもいいよ?」

「いや、ご飯作ってもらったんだから、洗い物ぐらいするよ。てか、ここ俺の家だから」

「関係ないよ。ご飯を作ったのなら、洗い物をするのも私の役目なのよ」

「そんなことはない」

「そんなことがある。私の中の約束事だから、やらせてくれない?」

「本当にいいのか?」

「いいよ」

「……わかった」


 私がどれだけ本気なのかが伝わったらしく、渋々ながらも翔は素直に流しに茶碗を置いて、ソファーの方に向かってくれた。

 少し不服気な翔をソファーまで見送った後、私は水を出して洗い物を始める。


 さっきの「ご飯を作ったのなら、洗い物をするのも私の役目」ってのは建前で、翔はバイトで疲れているだろうから、極力休ませてあげたい。

 翔は頑張り屋さんだから、こういう時に休ませてあげないと、いつしか過労で倒れてしまいそうだ。


 中学生の頃もこういうことがあった。

 私と同じ高校に行きたいから、苦手な勉強を睡眠の時間までもを削ってやっていて、目の下には誰が見てもわかるクマがあり、近くのスーパーに学校帰りによってみれば、エナジードリンクを買う翔の姿が目に入った。


 翔は自分の限度を知らない。

 自分が頑張らないと、ダメなんだって思いがちになってしまって、誰も頼らなくなってしまう。

 だから、私はそんな翔をサポートしてあげたい。


 あの時は勉強を教えてサポートしてあげた。けれど、今回はお金にまつわることだから、一緒に働いて、その三割の給料を渡すということもできない。というか、翔が絶対に断る。

 だから私は、せめて休める時間を増やしてあげたい。


 チラッと翔の方を見ると、ソファーにだらけて、スマホを見たりテレビを見たりと、有意義な時間を過ごしていた。

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