第19話 翔の旅行友達

 次の日の夕方、私はお買い物バッグを持って、胸が躍りながら玄関で靴を履き始めていた。

 今から私が行くのはスーパー。

 その後に、昨日翔から預かった、この合鍵で翔の家に上がって晩御飯を作る。


 この話だけ聞くと、家政婦さんかな?って思われるかもしれない。

 だけど、私は違う。

 だって、家政婦さんは合鍵なんて貰わないでしょ?でも、私は貰ったの。合鍵をね。翔から。しっかりとこの手で。


 誰かに自慢するように心の中で呟き、靴を履くために置いていた、お買い物バッグを持ち上げる。


「今日も、岩瀬君の家に行くのー?」


 なぜ、お母さんがニヤついてるのかは分かる。

 私が昨日、翔の家であんなことをしたんだから、そう言うことだって勘違いもしてしまうよね。


「うん。だから、今日もご飯いらない」

「なら、私とお父さんだけねー」

「……お父さん、このことについて、許してくれるかな?」

「許してくれるんじゃない―?事情を諸々説明して、日彩がどれだけ岩瀬君のことを思ってるのかを言って、私の圧を掛けたらいけるよー」

「それ……最後が大きすぎない?」

「あら、そう?」


 我が家ではお父さんよりもお母さんの方が立場が上らしい。

 筋力も、運動能力も圧倒的にお父さんの方が上のはずなのに、なぜお母さんの方が立場が上なのかは分からない。


 でも、前にそのことについてお父さんに聞いたら「夜の勝負で毎回負ける」って言ってた。

 夜の勝負というと……何があるんだろ?お酒かな?


 まぁ今はいいか。

 今夜作る料理でも考えようかな?


「それじゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃいー」


 お母さんの言葉を最後に、私は家を後にした。


 スーパーに向かう最中、私は毎回翔の家を見る。

 というか、スーパーの道の途中に、翔の家があるのだ。

 通るたびに翔の家を見るせいか、この道を通るときは絶対に見てしまうようになったのは、翔には内緒。


 正直、「中学を卒業したら見ないかなー」なんてことを考えていたんだけど、思った以上に私は、翔のことが好きみたいだ。

 これが初恋の呪いってやつ?

 ……初恋ではあるけど、呪いではないか。


 スーパーに着き、まず初めに私は主菜を何にするか考えた。

 出来るだけ安く済むお肉や魚。

 そのあたりを見極め、私は豚肉を手に取った。


 昨日買っておいた野菜と組み合わせてできる料理。今日はロールキャベツを作ろうと思う。

 他に足りないものと言えば、副菜で何かしら作ろうと思うけど……ポテサラでいいかな?

 ポテトサラダはとりあえずあったら、翔が喜ぶと言っていた料理だ。

 昨日作った唐揚げの次に好きだとかなんだとか、中学の時に言ってた。


 昨日、私は翔の好きなものを知らないって言ったけど、あれは全部嘘。

 ただの……なんていうか、照れ隠し?ってやつ?

 覚えてるのは気持ち悪いかな、なんて思って覚えてないって言ったけど、しっかり覚えてるからね。


 翔がいる時に言えばいいものを、誰もいない場所。それも心の中だけで潜めて言う私は、レジへと向かった。

 後から翔に請求するように、しっかりとレシートも貰って、お買い物バッグに今日買った食材たちを詰めていた時だった。


「あれ?夢咲じゃね?」

「あ、ほんとだ。久しぶりだ」


 スーパーで出会ったのは男四人中の二人。

 というのも、後ろでお菓子屋らジュースやらを袋に詰めているのが残りの二人だ。

 多分、この二人はお金を払ったから、商品入れをあの二人にやらせているのだろう。


 この四人組というのは、私が中学の頃からの知り合いでもあり、同じ高校の同級生でもある。

 本当は、ここに翔がいるはずなんだけど、ってそうじゃん。翔がいないじゃん。


「久しぶり。今日は翔いないの?」

「翔?あいつはなんか、夏休み中は遊べないって言ってたぞ?」

「今日も誘ったのにな。ノリ悪くなったか?」

「あ、そうなんだ」


 翔は、この人たちに自分の身に、何が起こったのかを言ってないのかな?

 言ってないのなら、こんな反応になるのもわかる。でも、言っててこの反応になるのなら、こいつらはやばいやつらだ。


「それで、夢咲はここでなにしてるの?」


 四人組の代表なのか、それともただ純粋に気になっているのか、一人が積極的に私に話しかけてくる。


「買い物。お使い頼まれただけ」

「お使いすごいな!」

「ありがと」

「夢咲は絶対にいいお嫁さんになるぞー?」

「そうかな?」

「そうそう!今度、俺の家で飯でも作ってみない?食べてみたいなー」

「まぁ、また考えとくね。それじゃ」

「またなー」


 残りの三人は荷物持ちをどうするかみたいな会話をしていたけど、たった一人だけは私に興味津々。

 ああいうやつの言うことに従ったら、碌なことが起きないのは知っている。


 ほいほいと家についていったら、変な勘違いされて、キスを迫られたりハグを迫られたり。碌なことがない。それでしつこく付きまとわれて、私と翔の関係が変なようにバレてしまったら、翔にも迷惑が行ってしまう。

 だから、ああいうやつはとにかく冷たくあしらうのが一番なのだ。


 軽く後ろの三人にもお辞儀して、買い物バッグを肩にかけて歩き出す。

 病室で、翔に誰と旅行に行ったの?と聞いた時の話。

 翔は楽しそうに、さっき会った四人組と行ったと言っていた。

 どこに行ったのか、なにをしたのか、どんなものを食べたのかとか。その楽しそうな笑顔は、いつになっても忘れないだろう。


 スーパーを出て、私は徒歩で翔の家に向かった。

 時間は、午後の6時。

 MAINでの翔とのやりとりで、帰ってくる時間を大体知っている。


 翔のバイトが終わるのが8時で、帰ってくるのが大体8時15分ぐらいだろうと、自分が言っていたので、それに合わせるように私も料理を作る。


「さて!気を取り直してがんばろっ!」


 優しく自分の頬を叩いて、さっきのことを忘れるように自分に気合を入れる。

 そして合鍵を回し、慣れない扉を開いて翔の家に足を踏み入れる。


 誰もいないはずなのに、緊張がすごい。

 足が少し震え、鼓動が早くなっている。


 ――でも、それと同じぐらい嬉しさもある。

 翔の、たった1人だけの女子。たった1人の合鍵の所持者。

 少し、背徳感もあるけど、そんなものが消えてしまうほどに嬉しい。


 そんな感情を胸に抱え、私は昨日と同じく茶色のスリッパを履いて、キッチンの方へと向かう。


 一応、買い忘れがないかを確認するために、冷蔵庫を開く。

 うん、キャベツもあるし、マヨネーズもちゃんとある。

 今日作ろうと思ってたものは、全部作れそうだ。


「よし、頑張ろっ!」


 そう1人のキッチンで呟き、まな板を取りだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る