第20話 心配はかけない

「ふぅ……」


 流石に、朝からバイトをしていると、こんなため息も自然に出る。

 真夏なせいか、8時にも関わらず、まだ薄暗い道を歩く。


「つーかれた疲れた」


 変なリズムを刻みながら、疲れたという言葉を言ってるのに、疲れを飛ばそうとする俺。


 なぜって?それはな、あいつが無駄に心配症だからだよ。

 あいつというのは、言わずともわかる通り、日彩の事だ。


 俺はよく知っている。

 中学の頃も、日彩と同じ高校に行くために、めちゃくちゃ勉強して、寝不足にもなった。


 これは俺がやりたくてやった事なのに、何故か日彩は自分の子供の事かのように「早く寝なさい」だとか「勉強は私が教えるから!」って言ってきた。


 日彩のは、ただの杞憂だ。

 だけど、当時の俺は、好きな人に心配されるのが少し嬉しかったようだ。


 ……今は、そんなことないぞ?多分。

 まぁあれだ。俺が何を言いたいのかというと、俺がしたくてしてることを、止められたくないってことだな?


 好きな人ならまだしも、日彩はもう、元好きな人なのだ。

 止める資格は無いし、止められる資格もない。


 でも、多分あいつは必ず言う。

 だから、俺は疲れを飛ばそうと変なリズムで独り言を言っていた。


「あっという間に、着いたなー」


 そうこう考えているうちに、もう家の前へと着いていた。

 もう少し、疲れを飛ばそうとも思ったけれど……電気が付いてるから、あいついるんだろなぁ。


 昨日、帰らないとは言ってたものの、本当に帰らないとは……。

 割と、幸せ者だな?俺。


「ただいまー」


 扉を開き、なんの疲れも見せないように、俺は意気揚々と言う。

 まぁでも、精神的には本当に疲れてないから、全くの問題は無いのだけどもな。


「おかえり。先にお風呂入る?それともご飯食べる?」

「わ、た、し?のやつか!これ」

「しないわよそんなこと。それで、どっち?」

「……ご飯食べるよ」


 ……まぁそうだよな、しないよな。

 でも、これが妻を持つ夫の気持ちかぁ……!

 いいものだな!これ!


 付き合っても、夫婦でもないただの同級生の女だけど、一瞬で癒されたぞ!これ!

 あー俺、相当幸せ者だなぁ……。


「分かった。ご飯も注いでおくからね」

「ありがと」

「いえいえ」


 その会話を最後に、スリッパに履き替えた俺は、自分の部屋に荷物を置き、リビングへと向かう。


 本当に今更だけど、まさか日彩が俺の家で晩御飯を作ってくれるとはな……。

 もちろん感謝の気持ちはすっごくある。けど、それ以上に驚きが隠せない。

 何度も言うけど、元好きな人だし、振られたんだぞ?

 ……うん、ますます驚きが隠せん。一回聞いてみるか。


 リビングの中は、コンソメの香りが漂い、その匂いにつられて机を見れば、まだ湯気が立っているロールキャベツがお皿に盛り付けてあった。

 …………うん、こんなすごい女性を、俺がこんな風に扱ってもいいのか?それ諸々、聞いてみるか。

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