第18話 目標

「外で花梨さん待ってるぞ?」

「あ、確かに」


 折角いい理由ができたのだから、このまま泊まって……泊まって?泊まってから、私は何するの?


 たった今、翔は私と付き合ってないって言ったんだよ?きっと、翔があの時に言った「この話はなかったことにしようか?」という発言は、告白を振るか振らないかの、選択を私に求めてきてたんだろう。


 この思いに気づいて、そして、さっきの翔の発言を聞いて理解した。

 私……下手なことしちゃったぁ!

 いやでも、あんな言い方されたら本当になかったことになると思うじゃん!まだチャンスあると思うじゃん!!ずるいじゃん!!!


 私は無性に翔のことを叩きたくなり、ソファーに座り直した後、前に立つ翔の太ももをポコポコと叩き出す。


「なんだ?日彩が叩くってことは、俺が何かしたんだよな?すまん、先に謝っとくわ。自覚ないけど」

「自覚ないなら謝らないで!」

「えぇ?だって、中学のお前が『あなたのせいなんだから、謝って!』てよく言ってきてたんだぞ?」

「……確かに、そんなことも言った気がする、ね?」

「なんで疑問形……」


 私のバカ―!

 中学の私、本当にバカ!

 なんで翔に、あんなこと言っちゃったの!

 いや、一つ一つのことを覚えててくれてる、という点で言えばすっごくうれしいけど!

 これはなんか違う!


「おーい。日彩さーん?そんなことしてる場合じゃないぞ?花梨さん待ってるぞー」

「分かってる……!」

「……何怒ってんだよ」

「別に怒ってない!けど、昔の私には怒ってる!」

「おぉ、そうか。俺じゃなくてよかったよ」

「そうだね!」


 私は叩く手を止め、勢いよく立ち上がり、玄関の方へ歩き出す。

 お母さんを待たせているから、という理由もあるけど、今の私の情緒的に、翔といるとおかしくなりそうだ。


 これもそれも、すべて私のせいなんだけど、翔がややこしいことを言ったせいでもあるんだからね!


「帰るのかー?」

「今日のところは帰る」

「今日のところはってなんだ……」

「明日も!ちゃんと来るから、覚悟してなさいよ」

「あーおっけ。ちなみに、明日は俺バイトだから、合鍵渡しとくわ。適当に作って帰っててもいいぞ」

「あいか――そ、そんなことするわけないじゃん。ちゃんと待ってる」


 翔の家の合鍵!?

 そ、え、ほんと!?


 取り乱すこともなく、平常心を保っている表の顔は、玄関の前でスリッパから靴に履き替える。

 その時に、翔から一つの、何のキーホルダーもついていないシンプルなカギを渡された。


 本当に合鍵だ……。

 私って、振ったという事になってるけど、翔からこんなに信用されてるの?

 なんか、嬉しいような、悲しいような……。

 よくわからない感情がグルグルと回ってるけど、一つだけ、私の心で決めたことがあった。


「それじゃ、また明日ね?」

「おう。今日はありがとなー」


 翔は手を振り、私がお母さんと一緒に歩きだすまで、お見送りをしてくれた。

 私は、翔に貰った合鍵を大事に握り、これからの目標を心に誓った。


 ――まだ、私の恋は終わってない。合鍵まで渡されて、絶好のチャンスを逃すわけにはいかない!


 私は、絶対に翔のことを落として見せる!

 中学の頃に、翔が私にやってきていたみたいに、色んな事に誘って、遊んで、話して!もっともっと翔のことを知って!そして告白する!

 もうへまなんてしない!私は、絶対に翔のことを落とすから!!


 誰かに問いかけるように、私は心の中で叫び、ギュッと合鍵を握りしめる。

 私の恋心は、これから始まるんだ!

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